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【特集】

ホールディングカンパニー

事業承継を機に「ホールディングカンパニー」(持ち株会社)を設立し、グループ経営に移行する中堅・中小企業が増加している。持ち株会社は「独占禁止法」の改正で解禁されたが、従来は大手企業を中心に業界再編ツールとして運用されてきた。この古くて新しい「ホールディング経営体制」の導入企業事例を通じ、経営戦略上のメリットを浮き彫りにする。
2019.06.28

法衣の「サブスクリプション」サービスが寺院の未来を拓く:鈴木法衣店

僧侶が着用する法衣の製造販売業は、昔ながらの習わしが残る伝統産業の一つ。新規参入がない閉ざされたニッチ分野で、新しいサービスを提案しようと奔走するアトツギの挑戦の軌跡を追った。

 

鈴木法衣店 鈴木 貴央氏

鈴木法衣店 鈴木 貴央氏

 

 

法衣の販売からレンタルサービスへ

日本には、一般的な市場と異なる特殊な慣習やルールが存在する、独自のマーケットがある。僧侶が身にまとう袈裟や法衣のマーケットも、その一つに挙げられるだろう。寺との付き合いの長さがものをいう縁故重視の世界で、異業種からの新規参入がほとんどない。同じ仏教とはいえ、天台宗、真言宗、浄土宗、浄土真宗、日蓮宗、曹洞宗など、宗派によって厳然たる棲み分けがある縦割りの市場でもある。

また、販売方法の基本は「訪問販売」。足しげく通うことで人間関係をつくり、信頼を得ることが不可欠だ。定期的に足を運ばないと他業者に乗り換えられることも少なくなく、昔ながらの商慣習(御用聞き)が今なお色濃く残る。

そんな伝統的マーケットに、新しいビジネスモデルである「サブスクリプション」(定額販売・課金制)方式を持ち込もうとしているのが、東京と埼玉に拠点を持つ鈴木法衣店の鈴木貴央氏である。

同社は1918(大正7)年創業と100年の歴史がある。天台宗、真言宗の袈裟・法衣を中心に法衣用小物、数珠、香類など幅広い商品を扱う。天台宗・真言宗の法売店では、東日本エリアで約50%のシェアを占めるリーディングカンパニー的な存在だ。

「この業界では、100年程度の歴史は“後発組”に属します。(他の)老舗はもっと古い時代からなじみの寺院に法衣を販売してきました。それだけ縁故を大切にする業界で、かつてはそれで商売は十分に成り立っていました。ところが最近、お寺のニーズは徐々に変化しているように見えるのに、業界全体のビジネスモデルはなんら変化していません。(そうした現状に)手を打ちたいと考えたのがきっかけでした。それで僧侶の方に会員になっていただき、法衣をレンタルする『サブスクリプション』方式のサービスを考えついたのです」(鈴木氏)

それが、僧侶向け会員制サービス「HouluoY」(ホウルイ:法類)である。会員に登録した僧侶に対して、数種のプランごとにレンタル法衣を提供し、月額料金を徴収するというサービスだ。

この構想は、2019年3月に大阪で開催されたスタートアップと“アトツギベンチャー”によるピッチランイベント「スタ★アトピッチ関西」で発表され、「FCCアトツギベンチャー賞」(タナベ経営)と「野村ホールディングス賞」(野村證券)をダブル受賞した。新しい時代のアトツギビジネスの中で、大きな可能性を秘めたサービスとして注目を浴びている。

 

 

 

低コストで管理不要、僧侶の負担を軽減する

「所有から利用へ」が当たり前となったいま、サブスクリプション方式のサービスは社会に不可欠となりつつある。ただ、従来の所有価値にはないメリットを明確に打ち出さないと、定着は難しい。

そこで、鈴木貴央氏が考案した「HouluoY」サービスには、会員である僧侶がそうしたメリットを享受できるよう、いくつかの工夫が凝らされている。

まず、「費用面」である。衣を寺院で所有・管理するよりもコストがかからない料金を設定する。衣とは、白衣や襦袢、作務衣、移動着などの僧侶の服を指すが、基本的には夏冬用があり、価格は2万円ぐらいから十数万円ほど。葬儀などで着用する正装は数十万円もする高価なものとなる。衣はそれぞれ複数所有して数年で買い替える。

また、僧階(僧侶の階級)によって衣の色が異なるものもあるため、修行年数を経て僧階が上がると買い替える必要がある。1年間で日用着に使う費用だけでも十数万円を下らないのが一般的だ。

「そこで、法衣を中心にしたアイテムのレンタルプランを複数設定して、所有するよりも廉価な価格で提供するというものです。現在のところ、白衣や作務衣などの日用着だけを提供するものから、略装込みのセット、さらには正装も含んだフルプランなどを考えています」(鈴木氏)

レンタル料金は、プランごとに設定した月ごとの定額料を徴収する仕組みだ。当然、レンタルの法衣利用だから、使い終わったら洗わずに返却ができるので、ユーザーの僧侶は法衣を自ら管理する必要がなくなる。つまり、僧侶は日々の洗濯や修繕などといった手間から解放される。レンタルで常に清潔で、きれいな法衣を着用できることになるので、仏教の“イメージアップ”にも貢献できる。

こうしたソリューションを僧侶に提供し、古い慣習があるマーケットに新風を吹き込もうというわけだ。

「確かに、これまで法衣や袈裟を販売していたので、(サブスクリプション方式の運用によって)一時的に売り上げが下がることになるでしょう。しかし、HouluoYが浸透・定着することで、従来以上の収益を上げられ、安定した収益構造が構築できることになります。また、従来の販売方法では、競合他社へお客さまが乗り換えるというリスクに常にさらされますが、HouluoYのリリース後は安定経営を狙えるという側面でも大きなメリットが生まれます」(鈴木氏)

僧侶へのヒアリングでサービス内容を精査

HouluoYの実現に向けて準備を進める鈴木貴央氏だが、同サービスでは既存のサービスも行いながら、より利便性の高いサービスを目指している。当然、HouluoYのレンタル法衣と並行しながら、従来の販売も引き続き行う。僧侶が利用しやすい方を選んでもらえばいいというスタンスだ。特に、権威の象徴でもある高価な袈裟は、レンタルよりも購入を選ばれる可能性が高いと同氏は考えている。

そこで従来の法衣販売は残し、鈴木法衣店がこれまで行ってきた袈裟・法衣のクリーニングやメンテナンスなどの既存サービスをHouluoYに組み込むことも検討中だという。

実は、袈裟・法衣のクリーニングや修繕は、専門的なノウハウを必要とする。洗浄した法衣などの折り畳み方にも独特のノウハウが必要で、専門業者でないと務まらないそうだ。鈴木法衣店は長年にわたり、専門ノウハウを伝授したクリーニング店と連携してクリーニングサービスを提供してきた。

「例えば、HouluoYを利用する会員の僧侶の方には、所有する袈裟や法衣のクリーニングのクーポン券を付けるといったサービスも考えています。特に、袈裟は高価なものですから、今後も所有がベースになると思いますので、長く愛用いただけるようなサービスを、より使いやすくして提供したいと考えています」(鈴木氏)

同氏は、あくまで僧侶のニーズを想定してサービスを考えてきたが、今後は僧侶への具体的なヒアリングを進め、より現実に即したサービスへブラッシュアップしていきたい考えだ。そこで出てきた意見やニーズを新しいサービスに加えるなど柔軟な対応を心掛ける。

同時に、「従来のサービスとは異なるサブスクリプション方式のため、社内の体制づくりも整えなければなりません」と鈴木氏は言う。「事業部制」や「子会社設立」など、迅速な意思決定ができる仕組みづくりも視野に入れているようだ。

 

 

全国の僧侶との接点を日本一持ちたい

その上で鈴木氏は、2019年中にもHouluoYのプロトタイプを立ち上げ、2020年には本格的なサービスの提供を展開する――そんなスケジュールを描いている。新規事業を成功させる最大の鍵はスピードだ。着手が早ければ早いほど、後発者の参入前にマーケットを押さえることができ、多くの先行者利益を得られる。

まずは、鈴木法衣店がトップシェアを占める東日本の寺院(天台宗、真言宗)の僧侶にアプローチを行い、その後に西日本にも拡大を図る。そして将来的には、宗派の垣根を越えて他宗派の寺院や僧侶にもサービスを提案したい、と鈴木氏は意気込む。

一説には、国内の僧侶人口は約34万人といわれている。そのうちの15%程度を顧客にできれば、5万人の顧客を有することになる。ビジネス規模としては、申し分ない顧客基盤となる。それがさらなる新ビジネスを生み出す“インフラ”ともなり得る。

同氏が目指すのは、「全国の僧侶の方との接点を日本一持つこと。そして伝統という文脈の上に立ちながらも、これから必要とされる新たな価値を彼ら一人一人に提供し続けること」。そうした顧客基盤をもとに、寺院を活性化させたいという思いに共感してくれるパートナー企業を集め、仏教の継承と発展に向けた商品・サービスなどを提供していければ――。鈴木氏の挑戦は、まだまだ続く。

 

 

Column

伝統の改革精神を生かし、新しい未来を築きたい――

法衣販売業界で後発組の鈴木法衣店は、新参者だからこそできる改革をこれまでにいくつも実践してきた。例えば、従来の訪問営業に加えて、「カタログ販売」というチャネルを持ち込んだのは同社が先駆けである。さらには、袈裟や法衣のクリーニングサービスも業界で初めて取り入れた。古くは、「掛け値なし」(値切りを前提とした高値ではなく定価販売すること)にいち早く取り組んだのも同社だった。

新しい試みへ積極果敢に挑戦してきた歴史を持つ鈴木法衣店。そうした〝伝統〟に加えて、革新的なサブスクリプションモデルという新たな柱を構築しようとしているアトツギの鈴木貴央氏は、銀行や織物メーカーに勤務後、鈴木法衣店に入社した経歴の持ち主だ。

銀行では、さまざまな業種の企業との取引を経験したほか、織物メーカーでは海外進出を担当し、有名グローバルブランドとのコラボレーションを企画するなど、先進的な仕事に携わってきたという。

「現在は、まさに産業界全体が大きな転換期を迎えており、法衣販売の業界もいま変わらないと時代に取り残されてしまいます。単に法衣の販売やレンタルだけでなく、僧侶の方々が求めるさまざまな選択肢を情報やサービスとして提供し、悩みや課題を共に解決していきながら発展していけるパートナーのような企業を目指したいと考えています」(鈴木氏)

 

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PROFILE

  • ㈱鈴木法衣店
  • 所在地:東京都台東区東上野6-8-8
  • 創業:1918年
  • 代表者:代表取締役社長 鈴木 教之
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