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【研究リポート】

FCC FORUM 2021

タナベコンサルティンググループ主催「ファーストコールカンパニーフォーラム2021~DX価値を実装する~」(2021年6~8月、オンデマンド開催)の講演録。デジタルを軸に、サービスやビジネスモデル、業務プロセス、組織風土を変革し、競争優位性を発揮する要諦を提言します。
研究リポート2021.10.01

ソニックガーデン
全社員フルリモートワークを実現するデジタルを活用した「管理」のない経営

納品・通勤・管理を「なくす」経営

 

ソニックガーデンは、代表取締役社長の倉貫義人と私・藤原士朗が2011年に設立した、ソフトウエア開発会社です。私は現在、COO(最高執行責任者)という肩書きで、バックオフィス業務のDX推進を担当しています。

 

当社の主な事業はシステムの受託開発ですが、ユニークな特徴は「納品のない受託開発」であるところです。一般的なシステム開発のやり方は家を建てるのと同じで、最初に要件を決めたら変更は難しく、システム通りに決まった形しかつくれません。徐々に進めながら形を変えていけるように、「納品をなくす」という当社のやり方は業界初のコンセプトです。

 

「何かを付け加えるより、なくしていく」。それが当社の経営の方向性でもあり、「通勤がない働き方」も実現しています。コロナ禍以前から物理的なオフィスへの出社を勤務と呼ばないと決め、働く場所に縛りはありません。本社オフィスもなくしました。

 

リモートワークの申請や勤務日数に制限はなく、勤怠報告もITツールで自動化しており、非常にストレスフリーな働き方ができます。承認フローや決裁もオープンにしており、指示命令と報告といった上司と部下の概念も、部署や管理職という役職もありません。売上目標や人事評価がないにもかかわらず、社員は研鑽を積み、成長して、お客さまに価値を届けています。おかげさまで、売り上げは創業以来ずっと右肩上がりです。

 

納品や通勤、管理など、さまざまなものをなくしましたが、売り上げは減少せず、会社もバラバラにならず、経営はむしろスムーズです。

 

「ソニックガーデンのDX」を進める際には、総務や経理、営業事務などバックオフィス業務のDXにも注目しました。

 

一般的に、業務量や社員数が増えると管理費が膨らみ、利益を圧迫します。しかし、そうしないと仕事が回りませんし、最適なサイズのオフィスへの移転も必要です。人生の貴重な時間が通勤によって拘束され、採用エリアも限定されます。

 

増えるコスト、物理オフィスの限界、人材。3つの制約を取り払うために、10年間取り組んできたのがDXによるバックオフィス業務のセルフサービス化です。DXの結果から申し上げると、売上高は6億円を超えますが、バックオフィスの人件費は約10万円です。創業当時と変わらない金額で自分でも驚いています。

 

バックオフィス専任の社員はいません。フルリモートワークで通勤をなくした結果、バーチャルオフィスにアカウントをつくるだけですぐに働き始めることができます。人材採用は全国区になり、今では22都道府県に社員が分散し、採用率は向上、離職率も2~3%です。

 

 

 

自分でつくる発想で「業務ハック」を実現

 

3つの制約を解決できた要因は次の3つです。1つ目は「コストの一定化」。「バックオフィス業務は誰がやるべきか」を見つめ直し、「社員一人一人が自分でできるように」と、発想を転換しました。「セルフサービス化」と呼んでいます。

 

経理部が行う請求書の送付、営業事務が行う契約書の押印のように、アナログ業務は一極集中する方が効率的でした。ですが、インターネット上のクラウドシステムは、一人一人がIDを持ってログインし、それぞれがデータを登録・修正でき、誰が編集したかも全て分かります。それが「クラウドの本質」です。Google スプレッドシート(Googleが提供する表計算サービス)を使うセルフサービス化で、経費精算処理など、自分以外の誰かを介さないと申請できない業務フローをなくす「業務ハック」を実現しました。

 

最近ではウェブアプリ化も行い、領収書は写真データでアップロードし、税理士がチェックして終わりです。請求書や契約書も電子化して、自分でつくるといった管理が不要な姿に変えていく流れは、自社に合う「プラットフォーム」を用意するイメージで構築しました。

 

2つ目は「リモートワークの推進」です。当社はコロナ禍による緊急事態宣言後に各メディアから「オフィスをなくした企業」として注目を浴びました。半面、フルリモートワークという一歩先を進む働き方に取り組んでいるからこそ、飲み会や何気ない雑談、気軽な相談ができない弊害も実感してきました。「Slack(スラック)」などのチャットツールも、物理的なオフィスの「私の席にいる」存在感と価値はカバーしきれないからです。

 

そんな「私の席」を再現するツールとして2014年に開発したのが、リモートワークのためのバーチャルオフィスサービス「Remotty(リモティ)」です。まるでオフィスに出勤しているかのように周囲の声が聞こえ、掲示板や連絡事項などのシーンも再現しました。聞こえて問題のない会話と、クローズドなディスカッションを分けることもできます。離れていても、一般的なオフィスと同じコミュニケーションとチームワークを実現しています。

 

DXの追求においては、コスト削減や働き方の自由度の向上だけでなく、「長く働き続けられる」ということも重要です。それが3つ目の「人材の確保」です。本当に重要なのは、「同じ場所にいる」ことではなく、「時間と空間を共有する場」です。2015年には、Remottyを他社にも供給すべく事業化しました。

 

ピラミッド型の管理から、プラットフォーム型のセルフサービス化とバーチャルオフィスへと変わるDXは、経営者や管理職のマネジメントも変えていきます。自発的で自由になった社員の動きを自動で見える化するプラットフォームをより良くすること。「ホウレンソウ(報・連・相)」が不要になる代わりに、「ザッソウ(雑談・相談)」に乗り、社員のモチベーションを見守ること。システムにはできない社員の心の支えになって未来を見通すことが、これからのマネジャーの仕事になっていきます。

 

DXでさまざまな制約をなくすことで、社員の良心が仕事を進めるエネルギーになり、お客さまに貢献する製品・サービス価値を生み出すパフォーマンスを発揮できる。そんな経営観を持つようになりました。皆さまもぜひDXを発想転換の手段に使ってみてください。

 

 

藤原 士朗(ふじわら しろう)氏
ソニックガーデン 代表取締役副社長

 

 

PROFILE

  • (株)ソニックガーデン
  • ソフトウエア受託開発事業において、月額定額制・成果契約制のビジネスモデル「納品のない受託開発」を展開。2014年にはリモートワークのための仮想オフィス「Remotty」を開発。業務の仕組み化を徹底的に実施し、バックオフィス業務のDXを推進している。2016年にはオフィスを撤廃し、全社員フルリモートワーク、管理のない会社経営など革新的な取り組みを行っている。
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