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【メソッド】

ウェルビーイング経営のススメ:森永雄太

武蔵大学経済学部経営学科教授の森永雄太による連載。
メソッド2021.12.01

Vol.9 裁量の余地をウェルビーイングに結び付ける「ジョブ・クラフティング」

 

【図表】「ジョブ・クラフティング」の考え方

 

企業において、裁量の余地を与えられてかえって困ってしまう人は少なくない。そのような環境でも、従業員が取り組みの意義や目的を理解し、能動的に取り組むための手法を探る。

 

 

ウェルビーイング経営に上手に取り組むための3つ目のポイントとして、現場を巻き込むことが重要です。従業員一人一人が健康的な生活習慣を実践し、ストレスに効果的に対処できるようになり、ウェルビーイングな働き方を可能にする能動的な行動をしてもらうことが必要になります。

 

 

業務に「自分らしさ」を追求する

 

本連載の第7回目(2021年10月号)でも紹介した通り、米スタンフォード大学のジェフリー・フェファー教授は、著書の『ブラック職場があなたを殺す』(村井章子訳、日本経済新聞出版)において、「従業員のウェルビーイングを高めるためには、裁量のある仕事を確保することが重要」と指摘しています。しかし、従業員の中には、自由を与えられてかえって困ってしまう人もいるでしょう。そこで今回は、裁量の余地をウェルビーイングに結び付ける「ジョブ・クラフティング」という考え方を紹介します。

 

ジョブ・クラフティングとは、従業員が自分の取り組む仕事に積極的に変化を加える行動です。この概念を最初に提唱した米イェール大学経営大学院のエイミー・レズネスキー教授とミシガン大学のジェーン・E・ダットン名誉教授は、①タスク、②関係性、③仕事に対する認識、この3つに変化があると主張しています(【図表】)。そして、ジョブ・クラフティングを行うことで、仕事の意義やアイデンティティーを感じられるようになり、仕事にやりがいを見いだせるようになると言います。

 

 

仕事の目的を問い直すことから始める

 

読者の皆さまは、東京ディズニーランド・ディズニーシーで園内の清掃作業を行う「カストーディアル」という従業員をご存じでしょうか。一見、清掃活動のみを行う従業員に思えますが、カストーディアルの中には、ほうきを濡らして地面にミッキーマウスの絵を描いてゲスト(顧客)を喜ばせる人もいるそうです。

 

カストーディアルは、「掃除係ではなくゲストをもてなすキャスト」と自身の仕事を位置付け(仕事に対する認識の変化)、絵を描くことを自分の役割に取り込む(タスクの変化)ことで、顧客と関わる機会を増やすこと(関係性の変化)に成功しています。

 

カストーディアルが清掃作業にだけ熱心に取り組んでいても、ゲストから感謝の言葉をかけられることは少ないでしょう。しかし、手が空いているときにゲストの写真撮影を手伝ったり、ディズニーのキャラクターを描くことを業務と両立することで、ゲストに喜んでもらう機会の創出につながっています。

 

私たちは東京ディズニーランド・ディズニーシーで働いているわけではありませんが、カストーディアルの事例から学ぶことはできます。従業員の中には、前任者がやっていた業務を引き継ぎ、それを自分の役割だと認識することがあります。しかし、それは自分や前任者の勝手な思い込みであることが少なくありません。

 

この思い込みから抜け出し、そもそもの仕事の目的を問い直してみると、新たに取り組んだ方が良い業務が見つかるかもしれません。その中で、自分が関心を持てたり、すでに身に付けている知識を活用したりできそうな業務があれば、ジョブ・クラフティングに取り組む絶好の機会と言えるでしょう。

 

 

業務に「強」「弱」を付ける

 

ジョブ・クラフティングは業務を拡張するだけではありません。一部の業務を「縮小」することで、ウェルビーイングに良い影響を与えることもあります。

 

事例を1つ紹介します。とある企業で産業医を務めるAさんは、社員である患者の時間をなるべく奪わないように、1人当たりの診療時間を短くすることを心掛けていました。ところが、問診をなるべく簡潔に済まし、診療の結果を電子カルテに記入するだけの業務になりがちで、やりがいを感じることが少なかったそうです。

 

医師として患者と向き合う時間が不足していると感じたAさんは、電子カルテに診察結果を記入する時間を徹底的に短くすることで、患者と対話する時間を増やせないかと考えました。そして、定型記入が多い電子カルテへの記入を、パソコンのユーザー辞書機能の活用で簡略化し、患者の目を見て問診したり会話したりする時間を、短いながらも確保することに成功しました。

 

全ての仕事がやりがいあふれるものであるとは限りません。しかし、自分が受け持つさまざまな業務の中に、自分らしさを発揮できる要素を少しずつでも盛り込んでいくことで、ウェルビーイングを高めることは可能です。まずは小さなことから始めてみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

Profile
森永 雄太Yuta Morinaga
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。経営学博士。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授を経て、2018年4月より現職。専門は組織行動論、経営管理論。近著は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方健康経営の新展開』(労働新聞社)。
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