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【メソッド】

ウェルビーイング経営のススメ:森永雄太

武蔵大学経済学部経営学科教授の森永雄太による連載。
メソッド2021.10.01

Vol.7 自社の課題を把握する

 

 

【図表】ウェルビーイングに影響を与える要因

ジェフリー・フェファー著『ブラック職場があなたを殺す』(村井章子訳、日本経済新聞出版)より筆者作成

 

 

企業と従業員に有意義とされるウェルビーイング経営であっても、一部の従業員から反対の意見が出ることは少なくない。従業員が取り組みの意義や目的を理解し、能動的に取り組むための手法を探る。

 

 

本連載も後半に突入しました。今回から、本連載で扱う最後の問いである「ウェルビーイング経営へ上手に取り組むためのポイント」について紹介します。結論から申し上げると、ポイントは次の3点です。1つ目は「自社のウェルビーイング課題を把握すること」、2つ目は「ウェルビーイング経営の施策と推進体制を整えること」、3つ目は「制度だけでなく現場を巻き込むこと」です。今回は、自社のウェルビーイング課題の把握について取り上げます。

 

 

“ありがた迷惑”問題

 

「自社が従業員のウェルビーイングを重視する取り組みを始めるようだ」と聞いて、腹を立てる人は少ないかもしれません。しかし、「社内で階段を利用しましょう」や、「昼休みに散歩をしましょう」と言われて、すぐに実行する人は意外と少ないものです。「お酒の量を減らしましょう」「塩分の摂りすぎに気を付けましょう」などと繰り返し言われると、「食事くらい好きに食べさせてくれ!」と言う人も出てきそうです。

 

これと同じように、働き方を健全なものにしようとする際にも似たことが起こります。長時間労働を改善しようとすると、仕事に打ち込んでいる人の中には「好きで働いているのだから放っておいてくれ」と反発する人が出てくることがあります。

 

ウェルビーイング経営は、一見すると完璧なマネジメント手法に見えますが、従業員から“ありがた迷惑”と煙たがれる側面がないわけではありません。

 

 

自社の課題を的確に把握する

 

ウェルビーイング経営を成功させるには、従業員自身に気付きを与え、その取り組みの意義や目的を理解して能動的に関わってもらう必要があります。自社の課題を的確に把握し、腹落ちするウェルビーイング課題を明確にするのです。

 

企業の健康施策の中には、「法律で決められている」ことが実施の理由になっているケースが少なくありません。しかし、そのような説明では、従業員は積極的に取り組まないでしょう。同様に、「先進企業が取り組んでいる」という理由も、「なぜ自社でやらなければならないのか」という従業員の疑問に答えることはできません。

 

大手航空会社のANAグループは、自社ならではのウェルビーイング課題を上手に見つけ出しています。従業員の健康状態を分析した結果、「(女性の)低体重」を自社の課題として取り上げたのです。「肥満」を健康の課題と設定する企業が多い中、低体重が課題と言われると不思議に感じます。しかし、性別や年代別の集計結果をみると、確かに女性の低体重が多いことに気付きます。また、同社は多くの女性従業員が活躍する企業であり、企業として見過ごすことのできない重要な課題と言えます。

 

このように、一見すると見過ごされがちな腹落ち感のある課題を見いだしていくことが、従業員に気付きを与える上で重要になります。

 

 

よくある課題と自社課題

 

自社の課題を把握するには、先進企業の取り組みが参考になります。本連載の第2回目(2021年5月号)で紹介した、ウェルビーイング経営の第1段階である「肉体的・精神的な『狭義の健康』」の指標にBMI(ヒトの肥満度を表す体格指数)適正率や喫煙者率、運動習慣者比率などを、第2段階である「仕事意欲」「集団への一体感」の指標に、ワーク・エンゲージメントやモチベーション、組織コミットメントなどを用いる例があります。これらのデータを集計し、分析することから始めてみてはいかがでしょうか。

 

また、従業員ウェルビーイングに影響を与える「原因」に注目する研究を参考にすることもできます。米・スタンフォード大学のジェフリー・フェファー教授は、著書の『ブラック職場があなたを殺す』(村井章子訳、日本経済新聞出版)において、従業員ウェルビーイングへ影響を与える原因に「解雇・雇用不安」「長時間労働」「ワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の対立)」「裁量性のない仕事」「支援の少ない職場」などを挙げています(【図表】)。特に、後半の4項目は日本企業で働く正社員に幅広く当てはまりそうです。これらの要因を集計・分析してみることも有効でしょう。

 

ウェルビーイング経営を成功させるためには、従業員の能動的な意欲が欠かせません。従業員の問題意識を駆り立てるためにも、現状把握を通じて腹落ちするウェルビーイング課題の設定を目指してください。

 

 

 

 

 

 

Profile
森永 雄太Yuta Morinaga
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。経営学博士。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授を経て、2018年4月より現職。専門は組織行動論、経営管理論。近著は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方健康経営の新展開』(労働新聞社)。
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