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【メソッド】

ウェルビーイング経営のススメ:森永雄太

武蔵大学経済学部経営学科教授の森永雄太による連載。
メソッド2021.07.01

Vol.4 変革のエンジンとして

【図表】企業の変革を進める「不安のマネジメント」

 

 

コロナ禍によるニューノーマルな生活やIT技術の進歩に伴うイノベーションの加速によって、あらゆる市場で既存のビジネスモデルが変化しつつある。企業に変革が求められる今、ウェルビーイング経営が変革を推進させるエンジンになる。

 

 

今回から、本連載で扱う3つの問いの2つ目である「ウェルビーイング経営がなぜ重要になってきたのか」について、企業の実践事例と併せて紹介していきたいと思います。今月は、その中でも「変化の時代」を取り上げます。

 

 

主要事業の変化が必要な時代

 

「VUCAの時代」という表現があります。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)という4つのキーワードの頭文字を取った言葉で、いずれも将来を予測しづらい時代特性を意味しています。

 

VUCAの時代に、日本企業は変革を求められています。『日本経済新聞』(2020年9月8日付)によると、2009年から2019年の10年間で事業セグメント別の営業利益を比較したところ、日本の主要企業約300社のうち約2割の企業で“稼ぎ頭”となる事業が変わっていたそうです。加えて、稼ぎ頭事業が交代した企業全体の純利益の成長率は、非交代企業よりも大幅に高い結果となりました。最も売り上げを上げる事業が将来にわたって安泰とは言えないだけでなく、変化しなければ成長できない時代がやってきたのです。

 

 

変革のエンジンとしてのウェルビーイング

 

組織に変革が求められる時代において、従業員のウェルビーイングを重視するマネジメントが重要になります。その理由は、「ウェルビーイングが変革のエンジン」となり得るからです。

 

私たち人間は、これまで続けてきたことを「変える」ことや、慣れないことに「新しく挑戦する」ときに不安や恐怖を感じます。この不安や恐怖を低減し、変化や成長に対する前向きな気持ちを引き出さなければ変革は進みません。

 

組織変革をうまく成し遂げた企業の中には、ウェルビーイング経営に積極的に取り組むことで、従業員の前向きな姿勢を引き出すことに成功している企業があります。例えば、小売・フィンテック事業を手掛ける丸井グループ(東京都中野区)は、人と社会のしあわせを共に創る「ウェルネス経営」を実践しています。

 

同社は、もともと小売業です。しかし、近年ではクレジットカード事業を再編成したフィンテック事業を収益の柱に成長させるなど、変革を効果的に進めてきた企業としても知られています。

 

同社では、2014年に「健康推進部」を発足し、2015年にはCHO(Chief Health Officer:最高健康責任者)を設置。2020年には、健康推進部の名称を「ウェルネス推進部」と改称し、単に「病気ではない状態」を目指す部門ではなく、「生き生きと活力にあふれたウェルビーイングな状態」を目指す部門であるということを明確にしています。

 

変革を迫られた企業の多くは、短期的な成果に目を奪われ、従業員の健康や働きがいといった問題を後回しにしがちです。しかし、同社の事例を分析すると、ウェルネス経営に積極的に取り組むことが、むしろ変革を推進するエンジンとなっているように見受けられます。(【図表】)

 

中堅・中小企業にとっても、変革は他人事ではありません。現在の中核事業が、時代の変化や技術進化の影響を受け、なくなってしまうことがあるからです。

 

1976年創業の日本テクノロジーソリューション(兵庫県神戸市)も、そのような変化に直面した企業の1つです。同社は、前身である岡田電気工業時代から、テレビのブラウン管検査装置を製造・販売していました。しかし、21世紀に入り、ブラウン管型テレビの関連市場が急激に縮小。液晶・プラズマ型テレビ関連の市場も、海外企業の台頭による価格破壊に直面しました。

 

この難局を乗り切るべく、同社は「幸せ」に注目した経営理念を策定するとともに、1つの主力事業だけに頼る経営ではなく、1億円規模の事業を100事業立ち上げる経営を目指す変革を行うことで、この危機を乗り越えました。容器にフィルムをかぶせ、熱で縮ませて包み込む「シュリンク包装機」の事業化などに成功し、売上高は2006年から2016年の10年間で約2億円から約6億円へと成長したそうです。

 

変化が激しい時代において、組織の変革は避けられないことではあるものの、変化に順応するための負担を従業員に押し付けるだけでは疲弊してしまいます。本稿で紹介した2社は、自社の取り組みをウェルビーイング経営とは呼称していませんが、ウェルネスや幸せな状態を目指すマネジメントを行っています。また、どちらの企業も企業価値の向上や生産性を向上させる手段として、ウェルネスや幸せを位置付けているという特徴があります。

 

変革を進める中長期的なエンジンとして、従業員のウェルビーイングに注目し、「不安のマネジメント」を行ってみてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

Profile
森永 雄太Yuta Morinaga
神戸大学大学院経営学研究科博士後期課程修了。経営学博士。立教大学助教、武蔵大学経済学部准教授を経て、2018年4月より現職。専門は組織行動論、経営管理論。近著は『ウェルビーイング経営の考え方と進め方健康経営の新展開』(労働新聞社)。
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