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【メソッド】

メンタルアップコミュニケーション 人が辞めない職場づくり

日本メンタルアップ支援機構代表理事の大野萌子氏による連載。職場におけるコミュニケーションの注意点や、ストレスマネジメントの方法など、健やかに毎日を過ごすヒントを紹介しています。
メソッド2020.09.30

Vol.14 魅力ある職場であるために

悩みの源は人間関係

 

人が辞めない職場づくりをテーマに1年余り連載を続けてまいりましたが、今号で最終回です。最後は「働きやすい職場の本質」について、お伝えしたいと思います。

 

私は、20年間さまざまな企業内の相談室で、社員の方々の悩みを伺ってきました。相談室を訪れる方の訴えは多岐にわたります。多くの場合、「体調が悪い」「やる気が出ない」「仕事が向かない」「会社を辞めたい」ということから話が始まりますが、よくよく話を聞いていくと、最終的に「身近な人間関係の軋轢」へたどり着くケースがほとんどです。私の感覚だと、9割方と言っても過言ではありません。

 

中でも上司との関係の悩みが多く、次に、同僚・部下・取引先との関係の悩みといった具合です。最近は、パワーハラスメントを受けていると訴えるケースも増えてきました。「パワハラ防止法」が施行された2020年6月以降、ますますこの傾向は強まっています。しかし、そのうちの全てがパワハラ案件ではなく、コミュニケーションの行き違いによるトラブルであることが多いです。

 

たとえ同じ言葉であっても、成長を促すために言われたのか、単に罵倒されたのかでは、受け止める側の感じ方に大きな違いが出ます。誰が見ても明らかにハラスメントになるケースは除き、結局は何をしたか・されたかではなく、相手をどう思っているかに尽きる部分があります。それを「信頼関係がないから」と一言で言ってしまえば簡単ですが、では一体どうすれば、信頼を育むことができるでしょうか。ポイントをお伝えします。

 

 

 

【図表】マズローの欲求5段階説

 

 

信頼関係の育み方

 

まずは、方向性の提示です。求められていることが分からないと人は不安になり、相手に対して猜疑心を持ちます。自分の目標や役割が見いだせず、やる気を失います。ですから、リーダーはまず、明確な方向性を打ち出しましょう。

 

その際は、部下に対して長期的な展望だけでなく、期日や行動を具体的に伝えることが大切です。機密事項は別として、まだ状況が見えないことや今後変わるかもしれないことは、変わることを前提として現在の状況を随時伝えましょう。苦しい状況も、期限が明示されれば「そこまで頑張ろう」と思えますし、進捗を共有してもらえると安心感につながります。

 

明確な情報が与えられないことで芽生える「部外者感覚」が最も厄介で、「自分は信用されていない」「仲間だと認められていない」といった思いが強くなると、人は不満や不安を抱えます。

 

マズローの「欲求5段階説」をご存じでしょうか(【図表】)。米国の心理学者、アブラハム・ハロルド・マズローが提唱した理論で「人間の欲求は5段階のピラミッドのように構成されていて、低い階層の欲求が満たされると、次の段階の欲求を満たそうとする」という考え方です。人間は自己実現に向かって絶えず成長しつつ、欲求のステージが変わるのです。

 

第一段階は「生理的欲求」で、生命を維持するための食事や睡眠など生きるための欲求です。これが満たされると、第二段階である「安全欲求」の段階へと移ります。「平和な町で暮らしたい」「病気にならずに健康でいたい」といったものです。次が、第三段階の「社会的欲求」。「他者と関わりたい」「家族・会社・仲間に属したい」という欲求です。基本的に、ここまでの欲求は自分の中で満たされます。

 

自分の力だけでは満たされないのが、第四段階の「承認欲求」です。承認欲求は所属しているメンバーに認めてもらう必要があるからです。組織における自分の存在価値が鍵となります。「組織のメンバーから認められたい」という欲求が、常に付きまとうようになります。これが満たされないと内的な欲求が満たされず、仕事の遂行や達成に支障を来すようになるのです。ですから、部下を信頼し、存在を尊重しなければなりません。

 

とはいえ、迎合する必要はありません。一緒に働く者としての積極的な声掛けや情報共有、感謝などが承認につながります。重要なのは、意思を確認する姿勢を見せること、相互理解の場を持つことです。

 

リーダーの皆さんは、決まったことを伝達したり、指示命令したりする場面が多々あるかと思いますが、部下に意思確認を行っていますか?「このような方針で進めたいが、構わないか?」といった確認です。たとえ選択肢が一つしかなくても、意思確認する工程を踏むだけで、部下が上司に持つ印象は変わります。確認をしない場合、部下は「一方的に押し付けられた」と捉えかねません。上司が耳を傾けたかどうかは、部下の承認欲求に関わる大きな問題なのです。

 

まずは相互理解の場を持つことが大切です。その上で、相手の気持ちを受け止めましょう。つらいことや悲しいことがあっても、自分を取り巻く人間関係によって心の負荷が全然違います。尊重し合える人間関係を築けば、些細なことでは動じなくなります。心の健康やモチベーションを保つには、身近な人たちとのコミュニケーションを改善していくことが必須だと、私は経験則から確信しています。

 

人間関係は複雑であり、互いの気持ちも常に変化しています。対応にはちょっとした工夫が必要ですので、そのエッセンスは連載をさかのぼって確認していただきたく存じます。

 

 

自己実現を組織の力に

 

自分の所属する職場で認められ、精神的な居場所を確保することで、人は欲求の最終段階「自己実現欲求」のステージに上がれます。自分の能力を存分に発揮し、意識を高く保っていく原動力を得ることができるのです。これはまさに生き生きと働くことへ直結し、組織にとっても働く人にとっても幸せなことです。

 

多くの時間を費やす職業人生が、豊かで実りのあるものとなることを願ってやみません。14カ月間、本連載にお付き合いいただき誠にありがとうございました。

 

 

 

 

Profile
大野 萌子Moeko Ono
一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー、2級キャリアコンサルティング技能士。内閣府、防衛省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで年間150件以上の講演・研修を行う。著書に『言いにくいことを伝える技術 ~もう振り回されない! ストレスフリーな人間関係を一瞬で手に入れる』(ぱる出版)、『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)など。
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