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【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2021.10.01

Vol.24〈最終回〉 これからのラグジュアリーの鍵とは

新しいラグジュアリーを探る連載を2年間続けてきてたどり着いたのは「サステナビリティー」の重要性だ。これからのラグジュアリーの鍵を握るのは「自然環境」と「人権」の両方を含めたサステナビリティーである。

 

 

2年間の連載で見えてきたこと

 

2年間続いた本連載は今号が最終回だ。本連載の前の連載である『Made in Italyの経営戦略~存在感ある中堅・中小企業の深層~』を元ネタに、書籍『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?世界を魅了する〈意味〉の戦略的デザイン』(晶文社)を発行したが、本連載も2022年春の書籍化に向けて準備中である。発行した暁には、ぜひ手に取っていただきたい。

 

この2年について少し振り返りたい。本連載を始めるに当たって、全体の構想を考えた時は、まだ連載の終着点が見えていなかった。しかし、少なくとも連載5回分くらいの内容は頭の中にあり、このような企業に取材をしたい、あのような人の話を聞いてみたいと考えを巡らせた。

 

1回目の原稿を書いたのは2019年8月である。実際に書き始めると、最初の構想に足りない部分が見えてきて、取材候補先はどんどん増えていった。2020年1月ごろには、今後取材したい対象について具体的にリストアップをし、取材の打診を始めた。

 

ところが、私の住むイタリアでは2020年2月後半から新型コロナウイルスのパンデミックの兆候が見え始め、3月に入ると一挙に都市が封鎖されてしまった。国内外ともに容易に訪問取材することができなくなり、ビデオ会議やメールでインタビューを行わざるを得なくなった。

 

そのような方法で行うインタビューは、実物に触れながらオフィスや生産現場で話すインタビューに比べると情報量が少ない。また、事前に質問を提示することが多いので、「そういえば……」といった、やりとりの中で自然と生まれる「寄り道」をしにくい。相手の回答の全体像を把握するのに少々手間取ったのをよく覚えている。

 

それでも、インド、英国、米国とさまざまな地域の人に取材を続け、今回紹介するハンガリーの企業にも話を聞いた。その結果、この2年間の軌跡の行き着いた先は十分に意味のあるものであると確信した。

 

 

 

異文化への感度が高いハンガリーのファッション企業

 

英国のマンチェスター・メトロポリタン大学でファッション文化史を教えるベンジャミン・ワイルド氏に異文化への感度について意見を聞いたことがある(連載第22回目、2021年8月号)。異なる文化が交流すれば行き違いが生じる(例えば、「A社は私たちの文化についてよく知らないまま、文化要素だけ商品に利用した」と文句を言う)のは当然であり、行き違いを認識した際の対応の仕方にセンスが問われるといった内容のコメントをいただいた。

 

そのセンスの良さが出ている企業を教えてくれないかとワイルド氏に聞いてみたところ、「最近、英・ロンドンにも店を開いたハンガリーのファッション企業が面白い」とアドバイスをくれた。その企業は「Nanushka」という。サイトを見ると、軽やかな商品デザインで、モデルもさまざまな人種が自然に採用されている。本店はハンガリーのブダペスト、海外店舗はロンドンのほか、米・ニューヨークにもあるスタートアップだ。創業者はデザイナーのサンドラ・サンダー氏。ロンドンの大学でファッションを勉強したハンガリー人女性で、パートナーの男性と一緒に会社を経営している。当初はいわゆる「ファミリービジネス」のレベルだったが、数年前に投資会社から資金を得て事業を拡大した。

 

ハンガリーの土地と文化を大切にしており、生産の7割はハンガリー国内だという。ここで1つ疑問が湧いてきた。通常、ローカル文化とサステナビリティーを起点とした企業ビジョンを持ち、商品開発もその文化らしさを強調した企業の場合、「伝統」「歴史」「文化遺産」という言葉がサイト上に何度も表記されていることが多い。しかし、Nanushkaのサイトではあまりそういう言葉が強調されていない。どうしてなのか会長のピーター・バルダスティ氏に聞いてみると、次のような返事があった。

 

「私たちのコンセプトはボヘミアン文化にのっとっています。ボヘミアン文化は移動する人たちの文化だから、伝統・歴史・文化遺産といった言葉はあまりしっくりこない。またそれだけではなく、共産主義の時代を肯定したくないという意図もあります」

 

そういえば、と私は思った。

 

過去、旧共産圏のいくつかの国の人たちと私は話したことがある。例えば、バルト三国の1つ、リトアニアの大学でデザインを教える教授から「『旧ソ連支配下にあった時代にも良いデザインはあった』と主張する人がリトアニア国内にもいます。しかし、それらは西側の先端的デザインをそのままコピーしたデザインであり、西側に後れを取っていないとのプロパガンダです。それをデザインとは呼びたくない」と聞いたことがある。

 

私はバルダスティ氏と話してから、このせりふを想起し、1つのことに思い至った。それは人権と新しいラグジュアリーの関係だ。

 

 

 

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Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
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