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【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2021.03.01

Vol.17 ラグジュアリーは「知財のカナリア」としての役割を担う

ラグジュアリー領域において知的財産権の侵害に悩む企業は少なくない。本物と思わせる偽造品、オリジナルに似せたことがはっきりと分かるロゴや商品デザインなど、著作権、商標権、特許を侵害された事例は数多くある。今回はリポートと専門家のコメントを交えながら、知財トラブルやその対策の動向などを紹介する。

 

 

複雑に絡み合う違法取引の増加要因

 

OECD(経済協力開発機構)とEUIPO(欧州連合知的財産庁)が2019年に発刊した報告書「偽造品と著作権侵害物の取引の動向(Trends in Trade in Counterfeit and Pirated Goods)」によると、全世界の取引における知財侵害商品取引の割合は、2013年時点では2.5%だったが、2016年時点には3.3%と増加している。EU(欧州連合)への第三国からの輸入に限ると5%から6.8%へ上昇しており、より注意を喚起しなければいけないレベルになっている。

 

この問題への対処が難しいのは、常に手口が巧妙に変化するからだ。例えば最近は、違法な商品を大きなコンテナにまとめて最終目的地へ出荷するのはリスクが高いため、できるだけ小さな荷物に分け、郵便や国際宅配便を使って、税務局のチェックを受けにくいようにしている。もし税務局に発見されても、罰金を低く抑えることができる。したがって、監視の方法も、その時々に対応していかねばならない。

 

法の目をくぐり抜ける取引も少なくないと考えられるので、こうした取引はデータで完全に追えるものではないが、現状はさらに全体像をつかみにくくしている。

 

偽造品が出回っている商品分野は多岐にわたる。靴や化粧品、おもちゃ、スペアパーツ、電話、バッテリー、アパレル、高級時計といった、一般に想像しやすい物だけでなく、薬品や食品、飲料、医療器具など健康や安全に深刻な影響を与えかねない領域にも及ぶ。

 

生産地は世界中に広がるが、中国産が最も多い。その他、インド、マレーシア、パキスタン、タイ、トルコ、ベトナムが続く。この中でトルコ製の皮革製品、食料品、化粧品などが目立ってきており、これらは陸路でEUに輸送されている。

 

また、取引経由地点としては、香港、シンガポール、アラブ首長国連邦(UAE)が要注意国になっている。生産国から経由地まではコンテナ輸送され、そこで小ロットにされて、前述したように郵便や国際宅配便で最終目的地である先進国に運ばれる。最終地によってはさらに細かく経由地があり、アフリカには中東諸国、欧州にはアルバニア、エジプト、モロッコ、ウクライナ、米国にはパナマが使われるといった具合である。

 

なぜ、新興国がこのような役割を担うことになるのだろうか。

 

理由の1つはガバナンスの問題だ。汚職がひどく知財保護が脆弱である。また、輸出入貨物に関税を課さないなど税法上の優遇があるFTZ(自由貿易地域)の悪用や、人件費が安い上に労働市場の規制が甘く偽造品生産の拠点になりやすいことが挙げられる。

 

他には、物流の能力と施設である。低運賃かつ迅速でシンプルな通関プロセス、すなわちロジスティクスのインフラ(港、鉄道、道路、IT)レベルの高さが、皮肉にも違法行為を招いている。そして極め付けは、不透明な取引を許容する腐敗した経済体制だ。

 

ポイントは、先に述べた要因1つだけが偽造品取引を助長させるのではなく、これらの要因が複雑に絡み合うことによって生じる点である。言うまでもなく、FTZや高いレベルのロジスティクスが悪いのではなく、それらの悪用が問題なのである。

 

 

被害を受ける国や地域はどこか

 

先述した報告書によると、知財をコアに置いた企業は知財を持たない企業より多くの従業員を雇っており、売り上げは28%多く、給与は20%高い。したがって、知財権侵害は生産性や利益に多くの悪影響を及ぼす。

 

世界中の税関で押収された偽造品や海賊版製品から、被害に遭った企業の登記を国別に見てみよう。OECD加盟国では、米国をトップに、フランス、イタリア、スイス、ドイツ、日本と続く。

 

EU全体のGDP(2011-13年)の42%を占めたのは知財がコアになったビジネスであることから、その重要度がうかがえる。そのうちの上位3つは「商標」(35.9%)、「デザイン」(13.4%)、「特許」(15.2%)。この数字は、ロゴとデザインがもたらす欧州経済へのインパクトの大きさを示している。実際、EUへの主なフェイク品輸入の商品カテゴリーを見ると、ゲームなどの普及品もあるが、皮革製品、時計、香水、化粧品、靴、ジュエリーなどが並んでおり、ロゴとデザインが肝のラグジュアリー領域が被害を受けていることは明白だ。

 

例えば2016年、イタリアでは偽造と著作権侵害によって8万8000人が職を奪われたという。これは、フルタイム労働者の2.1%に相当するそうだ。

 

偽造品が市場に出回ることによる打撃は、企業の経済的損害だけではない。消費者にとっては、健康、安全、プライバシー(不正な携帯電話には個人情報を抜き取るソフトウエアが事前にインストールされていることがある)などをリスクにさらすことになる。

 

 

 

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Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
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