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【メソッド】

21世紀のラグジュアリー論 イノベーションの新しい地平

ミラノ在住のビジネスプランナー安西洋之氏による連載。テクノロジーだけではなく、歴史や文学、地理、哲学、倫理が主導する21世紀の「新しいラグジュアリー」について考察しています。
メソッド2020.06.30

Vol.9 パンデミックがラグジュアリーの方向を変えるか

新型コロナウイルス感染拡大の影響で各国の経済活動が大きなダメージを受ける中、欧州のラグジュアリー企業はどのような取り組みを行っているのか。4月初め、ジョルジオ・アルマーニがファッションメディアに宛てた公開書簡とともに紹介したい。

 

 

アルマーニが考えるこれからの業界

 

米国のファッション業界誌『WWD』は、「今後はファストファッションから“スローファッション”になっていくのではないか」との記事を掲載した(INFASパブリケーションズ「WWD JAPAN.com」、2020年4月2日)。その記事に対するコメントとしてジョルジオ・アルマーニが出した公開書簡(同、2020年4月10日)が話題である。

 

2020年2月後半から欧州各地で猛威を振るい始めた新型コロナウイルスにより大打撃を受けているファッション業界の盟主が、かなり辛辣な言葉を用いながら、これまでの業界の慣習に反省を迫っている。

 

「衣料が過剰に生産されている現状や、秋冬物が6月に店頭に並ぶなど実際の季節とはかけ離れたスケジュールで販売されていることなど、ファッション業界のばかげた慣例について勇気を持って書いてくれたことに拍手を送りたい」

 

「私も何年も前から、ショーが終わった後の記者会見などで同様の疑問を投げかけてきた。しかし耳を傾けてもらえず、堅苦しい倫理観の持ち主だと思われるだけだった。この未曽有の危機の中、ファッション業界も難局に直面しているが、これを乗り越えるには慎重に考えて賢くスローダウンするしかないだろう。それはわれわれの仕事が持っていた価値をよみがえらせ、商品を手にした顧客に本当の価値を理解してもらえるようにする道でもある」

 

「ラグジュアリーとは手間と時間がかかるものであり、大切に愛されるべきものだということを忘れて、ファストファッションのように途切れなく商品を供給することでより多くの売り上げを得ようとしてしまった。ラグジュアリーは速いペースでつくれるものではないし、またそうあってはならないものだ」

 

これらは、猛烈な自己批判だ。納得のいかない慣習に流されてきた自分とは決別したいとの宣言でもある。

 

今回は、アルマーニをここまで言わしめたコロナショックの観点からラグジュアリーを再考したい。

 

 

 

サステナビリティーがより重要な課題に

 

この原稿を書いている5月8日現在、イタリアでは封鎖が徐々に解除されている。感染の第2波を起こさないための対策があらゆるところで取られ、5月4日より生産工場や建設現場が稼働し始めた。封鎖中も食料品店は開いていたが、それ以外の店舗、例えば衣料品店も5月中に営業を開始するようだ。今後、アルマーニはどのような方針を取るのか注目したい。

 

アルマーニの書簡のポイントは二つある。そのうち一つは、サステナビリティーへ大きくかじを切り、ラグジュアリーとしての原点に戻るという点だ。もう少しアルマーニの書簡を読んでいこう。

 

「(シーズンのかなり前から新作を販売する)百貨店が始めたこの方法はいつの間にか定着してしまったが、間違っていると思うし、変えなければならない。

 

今回の危機は、業界の現状を一度リセットしてスローダウンするための貴重な機会でもある。現在イタリアは全土封鎖の措置が取られているが、それが解除された際には、春夏コレクションの商品が少なくとも9月初旬まで店頭に置かれるように手配した。それが自然な姿だと思うので、今後もずっとそうするつもりだ」

 

これまでは夏の真っ盛りに夏の服を買おうと思っても、すでに店舗には秋物が陳列されていた。なぜ、顧客が欲しい時に欲しいものがなく、季節を先取りすることばかりを優先してきたのか、と問うている。

 

衣料品店は3月初旬から店舗の営業が不可能になった。そのために春夏物の店頭販売がほとんどできなかった。したがって、営業再開後は売れなかった商品をなるべく長い間、店頭で売り切りたいという意図は当然ある。しかし、これを機会に実際の季節と連動する販売に今後変えていきたいというのだ。

 

この書簡が指し示す方向は、顧客の購買意欲を刺激する一方の新作ラッシュと距離を取ることである。言い換えれば、購買した年の季節で最長の日数を着られなくても、来年以降も長く身に着けたいと思うもの――。つまり、「定番商品」の比重を増やすことになるだろう。そうすると、昨今、環境問題の大きな要因とされている「在庫処分のための廃棄」という反サステナビリティー行為と決別できることになる。

 

 

 

ラグジュアリーの原点に戻る

 

アルマーニの書簡のポイントのもう一つは、「ラグジュアリーの原点」である。本来、ラグジュアリーはファッションと路線を異にする。ラグジュアリーが時代を問わず長い間評価されることを存在理由とする一方で、ファッションは時代の空気と共に生きるものだ。だから、ラグジュアリーファッションというカテゴリーには矛盾がある。アルマーニは、その矛盾とどうバランスを取るのか示している。

 

「オーセンティシティー(欺瞞がなく、信頼できる本物であること)の価値も、これを機会に取り戻したい。ファッションをただコミュニケーションの手段として利用したり、軽い思いつきでプレ・コレクションを世界中で発表したり、やたらに大掛かりで派手なショーを開催したりするのはもう十分だ。意味のない金の無駄遣いであり、今の時代には不適切な上、もはや品のない行為に思える。特別なイベントだったはずのものを慣例だからと繰り返すのではなく、本当に特別な機会にのみ行うべきだ。

 

現在は乱気流の中にいるような先が見えない状態だが、間違いを正して人間らしさを取り戻すためのユニークな機会でもある。そういう意味では、皆が連帯しているのを目にすることができてうれしく思う。

 

小売業界にとって、今回の非常事態はストレステスト(過大な負荷をかけて健全性を審査するテスト)のようなものだ」

 

彼の言葉にある「オーセンティシティー」は、ラグジュアリーであるための条件だろう。彼の言葉は、新型コロナ禍を「ラグジュアリーであるかどうかのストレステスト」と捉えているとも読める。企業の生存競争で生き残るだけでなく、ラグジュアリーと思われる企業の「生存の意味」が問われているという解釈である。

 

社会的距離を保ち、人の集まるような機会をつくらない、あるいはそういう場を避けることが習慣になれば、おしゃれなファッションに高いお金を払うことがバカバカしくなると想像している人も少なくないだろう。他方、人の目がなくても、きちんとした装いを心掛けることを「生きる意味」と考えている人もいる。後者に求められる存在であることが、ラグジュアリーとされる企業の存在理由であると、この大惨事にあって再確認されているのだ。

 

市場全体の売上金額が大幅に落ちるのは避けられないが、高い利益率を確保できるゾーンは必ず残るだろう。

 

先日、私はこれを裏付けるようなシーンを目にした。ストックホルム経済大学主催のウェビナー(オンラインセミナー)で、講師が「今後、売れなくなる商品は何か?」とアンケートを取った。およそ200人の聴衆の大半が「一番はディスカウントショップで売られるものだろう」と考えていた。質の高い高価格のラグジュアリー商品よりも、圧倒的に安価なものへの影響度が大きいと見ている。このオンライン調査は実際の購買行動を表すものではないが、ラグジュアリーの方針への支持は絶えないとの証しである。

 

 

 

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Profile
安西 洋之Hiroyuki Anzai
ミラノと東京を拠点としたビジネスプランナー。海外市場攻略に役立つ異文化理解アプローチ「ローカリゼーションマップ」を考案し、執筆、講演、ワークショップなどの活動を行う。最新刊に『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)。
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