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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2015.09.28

vol.1 私が郷里で手がけていること:北村森

私は雑誌『日経トレンディ』(日経BP 社)の編集長を経て独立し、今は各種製品やサービスの分析、消費トレンドの予測などを手掛けています。
ここ1 ~ 2 年、力を入れているのが、全国各地の隠れた実力派商品を取材する仕事です。
さらには、それに端を発して、自治体や商工団体などと連携する形で、地域おこし事業への協力依頼を受けるケースが増えてきました。
モノづくりの街として広く知られる東大阪市。ここでは、「設計図のない物もつくってしまう、町工場の技術と熱意」を伝えるプロジェクトに関わっています。

また、茨城県では、自治体の地道な取り組みを広くアピールするためのお手伝いに従事しています。さらに、札幌市や那覇市などでは、6 次産業化がうまく進展するための提言を行ってきました。

執筆第1 回目となる今回は、私の郷里である富山で、私自身が何に取り組んでいるかについてお話しすることにいたしましょう。

 


商店街の危機

2015 年3 月に北陸新幹線が開業し、その経済効果に期待を寄せているのが富山市です。新たなツアー商品の開発、企業や商業施設の誘致をはじめとして、さまざまな施策が重ねられています。

ただ、その陰には、「新幹線効果はまず望めない」と、深刻に受け止めている人たちが存在します。その代表格が、富山市の中心市街地にあるアーケード街「総曲輪(そうがわ)通り」の店主たちです。この総曲輪通り、ほんの20 年ほど前までは富山県きっての人気商店街として、その地位は盤石とも思われていました。週末に限らず老若男女が集っていましたし、東京から進出した百貨店もありました。

そこからの衰退は早いものでした。
ご多分に漏れず、地元の消費者は郊外型の商業施設に流れ、百貨店は撤退、そのビル跡は今も手付かずのままです。総曲輪通りそばにあったマクドナルドも閉店し、アーケードには空き店舗が目立ち始めました。

しかし、この総曲輪通り、ただ手をこまねいているわけではなく、行政の力で大規模な再開発事業にも着手しています。アーケードと直結した全天候型の広場を設置。週末ともなれば各種イベントが催され、人であふれ返るようになっています。

ところが、商店街の店主に言わせると「店に金が落ちる効果は、ほぼゼロ」なのだそう。広場に集まる人たちはイベントだけが目当てであり、すぐそこにある店舗の中に入ることはないというのです。

そうした厳しい状況で、私は2014 年、同市の副市長と総曲輪通り理事長の招きで、「総曲輪グランドデザイン会議」の座長に就きました。予算はそうない、特効薬を見いだせない、後継者難の問題もある、という苦しみの中で、何をなすことが必要かを討議する会議です。

 

 

宝物は何か?
理事長からの依頼は一つでした。「総曲輪通りには、培われてきた文化がある。これを10年後、20 年後につなげる策を一緒に考えてほしい」
月に1 回の会議を通して、いま一度、この商店街の魅力は何なのか(あるいは、魅力はもう消え失せているのか)をあぶり出しました。決して「魅力がすでにない」わけではないことが、はっきりと分かりました。

では、今もって存在する魅力とは何であると感じられたか。

それは「人」でした。

東京資本の安価な衣料品や生活雑貨を求めるならば、郊外のショッピングセンターに行くのがよい。その一方で、この総曲輪通りには、高価だけれど大都市圏の有名店にもないような、マニア垂ぜんのアイテムを当たり前のようにそろえるショップが複数あるのです。
靴屋もそうです。輸入雑貨の店もそうでした。また、東京・新宿の伊勢丹でも望めないような、超高級ブランドのレアアイテムを独自のルートで買い付けているショップもありました。

そして、こうした店舗に共通しているのは「商品の語り部」がしっかりと店を守っている点でした。服のこと、靴のこと、時計のことを問えば、どこまでも語り尽くせるような店主がいます。これは、大型商業施設にはまず期待できない部分であるはずです。

ならば話は早い。総曲輪通りの「人」と「技術」に焦点を当てたショートムービーを制作して、YouTube にアップしましょう、と私は提案しました。

こうした動画制作による地域おこしというのは、すでに当たり前の手法ではありますが、それでも総曲輪通りには有効であると感じました。人をクローズアップし、商店主とクリエーターが一緒になって作品をつくり上げるところから、歯車が動き始めるという効果も見込めるからです。

 

 

自腹主義で

総曲輪グランドデザイン会議が発足してから、動画制作が決まるまで、およそ半年。ところが、ここから足踏みを余儀なくされました。

費用をどう調達するのか。当初、商店主たちは自治体からの助成金を期待していたようですが、それが無理だと判明しました。そのため「いったんは動画制作を諦めて他の手を考えるか」という意見がありました。

私は怒りました。「この段になっても助成金頼みなのですか」「お金が降ってこなかったら、半年かけて決めたことも、直ちにフイにしてしまうのですか」と。
総曲輪通りの理事長が、ここで決断しました。「自腹でいきましょう」と。数カ月かけて商店主たちを説得し、有志がそれぞれ資金を拠出して2 本の動画を制作することを確定させました。

制作チームに入ってくれた地元のクリエーターも原価割れ覚悟、プロデュースを受け持つ私も持ち出しです。こうして、自腹主義のもとに制作は始まりました。

制作した動画は二つ。一つ目は、創業110 年以上を誇る老舗テーラーのバージョンです。
若き5 代目の発案で、世界のどこにもまず存在しない、1着のジャケットづくりの過程を動画に収め切りました。
「お客さまの注文服を制作したあとに残る端切れだけで仕立てる、パッチワークのジャケット制作」です。どういうことか。
ある部分はゼニア、それと隣り合わせるのはロロ・ピアーナ、そのまた横はスキャバル、といったふうに、高級ブランド生地の見本市のような1 着になるという話です。全て余った端切れですけれどね。でも、それだけに高いセンスが必要です。テーラーの心意気と技術を動画にまとめました。

mori_clothspreading

仕立服の端切れをつなぎ、ジャケットをつくる。端切れといえども、元は一流ブランドの生地だ

 

mori_jacket

出来上がったジャケット。まったく異なる生地のパッチワークには、センスと腕が問われる

 

mori_measuring

採寸を受ける筆者

もう一つ。「女子高校生、女子中学生を“ おばちゃん服” だけで全身コーディネートしてみた」という動画です。
古い商店街には、50 代以上の女性向けの婦人服店があるものです。老舗の店舗をつかさどる80 代のおばあちゃんの見立てで、売り物の服を使い、10代の女の子を変身させるという、まあ、こちらはちょっとしたしゃれを含んだ作品。

mori_galchanging

協力してくれたのはご当地アイドルのメンバー

 

mori_gal

“おばちゃんファッション”で決めポーズ

どちらの動画作品も3 分程度のものですが、あらん限りの力を込めて制作しました。次の一手こそ重要なのはもちろんですが、商店主たちが動き始めたことが何よりも大きい変化だと、私は感じています。

今回紹介した2本の動画はYouTubeで公開中。
老舗テーラーが、端切れで一着のジャケットをつくってみた。
JCとJKが、オバちゃん服でコーデしてみた。

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。1992 年、日経ホーム出版社に入社。記者時代よりホテルや家電、クルマなどの商品チェックを一貫して手掛ける。2005 年『日経トレンディ』編集長就任。2008 年に独立。テレビ・ラジオ番組出演や原稿執筆に携わる。サイバー大学客員教授(IT マーケティング論)。著書『途中下車』(河出書房新社)は2014 年にNHK 総合テレビでドラマ化された。最新刊に『仕事ができる人は店での「所作」も美しい 一流とつき合うための41 のヒント』(朝日新聞出版)。
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