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【コラム】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
コラム2017.04.27

Vol.20 「3年後」への快走
北村 森

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2017年5月号

「マルス津つ 貫ぬき蒸溜所」は、本坊酒造の発祥である、鹿児島県南さつま市の津貫 に2016 年秋に完成した。ここで蒸留・熟成されたウイスキーは2020 年に販 売開始の予定だという。津貫で仕込んだ第1 号の樽が、石蔵の中で眠っている (見学案内)https://www.hombo.co.jp/factory/mars-tsunuki.html

「マルス津貫蒸溜所」は、本坊酒造の発祥である、鹿児島県南さつま市の津貫
に2016年秋に完成した。ここで蒸留・熟成されたウイスキーは2020年に販
売開始の予定だという。津貫で仕込んだ第1号の樽が、石蔵の中で眠っている
(見学案内)https://www.hombo.co.jp/factory/mars-tsunuki.html

日本のウイスキー人気

今、日本国内で稼働しているウイスキーの蒸留所は、およそ20あります。これを多いと見るか、少ないと見るか……。ジャパニーズ・ウイスキーが世界的に高い評価を得ていることを考えれば、まだまだ増える可能性はあります。

ただ、ウイスキーの製造というのは大変なようです。造る工程が、というより、ウイスキーの宿命ともいえる部分においてです。

簡単に言ってしまうと、ウイスキーは、最初の投資から、その資金の回収まで、実に時間がかかるお酒です。最低3年は寝かせる必要がありますし、8年、12年も当たり前という世界ですから。そのため、ウイスキーの製造を専業にしているメーカーは、この日本においてはまれです(埼玉県の秩父市にあるベンチャーウイスキーなどは、その意味で貴重な存在ですね)。

ジャパニーズ・ウイスキーの戦後史をざっと振り返りましょう。

第2次世界大戦後、全国各地にある日本酒などの蔵は、危機に面します。酒を造ろうにも、食糧不足のためにコメが入手しづらくなりました。そこで、少なからぬ蔵は、ウイスキーの製造免許を取得します。これが、後の地ウイスキーブームの礎となりました。

今回お話しする本坊酒造は、焼酎の製造で知られるメーカーです。先述したように、同社も1949年にウイスキーの製造免許を手に入れ、鹿児島市内でウイスキー造りに着手しています。その後1960年、山梨に製造拠点を設け、さらに1985年には長野にウイスキー製造設備を集約します。

その時期、国内各地で造られていた地ウイスキーのブームが到来しました。地ウイスキーのほとんどは、かつての「2級ウイスキー」であり、値段が安かったことも後押しとなりました。

ところが1989年の酒税法改正により、そうした地ウイスキーの生産量は94%も減少。壊滅的な事態を迎えました。地ウイスキーのほとんどが、改正によって価格面の優位性が消えてしまったためです。

本坊酒造の「信州蒸溜所」においても、1992年にウイスキーの製造をいったん休止しました。再開したのは2011年のことです。それまでは、貯蔵していたウイスキーを細々と販売するにとどまっていたのです。

一方、ジャパニーズ・ウイスキーは21世紀に入ってから世界でぐんぐんと評価を高めていきました。海外で賞を獲得するウイスキーが相次ぎ、それと並行するようにウイスキーの人気も復活します。2013年に同社のウイスキーも「ワールド・ウイスキー・アワード」で世界最高賞を得ています。

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