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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2016.12.22

Vol.16 そこまでやるか:愛知ドビー

 

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鋳物ホーロー鍋『バーミキュラ』を大ヒットさせた愛知ドビー。同社が2016年12月1日に発売したのが、その進化版である『バーミキュラ ライスポット』。鍋をIHの熱源で包んだ、同社初の家電製品。価格は税別で7万9800円 http://www.vermicular.jp/

 

事業を先代から受け継ぐというのは、どのような業界であっても大変な話であると思います。
ある企業を承継した若い経営者はこう話していました。
「父親の言葉を大事にしています。それは『飛び石は打つな』というものです」
なるほど、と感じました。これまで手掛けていたジャンルから一足飛びに全く別の分野に挑んでは、企業として不安定な状態になるし、顧客も戸惑います。それに、もともと有していた企業の持ち味を生かすことができません。
従来の事業で培ったものを武器にしながら、隣り合う新たな陣地を築くのが得策ということでしょう。「飛び石を打つな」という言葉の重みを感じます。

 

 

価格決定権を持つ

名古屋市に、愛知ドビーという鋳物の町工場があります。
1947年設立の小さな企業ですが、土方邦裕・智晴兄弟が承継した当時、経営状況は相当に厳しかったと聞きます。
同社が手掛けていたのは、鋳造と機械加工でした。下請けとしての仕事だったそうです。後を継いだ土方兄弟は、取引先を増やし、順調に売り上げを伸ばしていきました。

 

ゼロから技術を構築

下請けの場合、取引はどうしても安定しない傾向があります。時には、品質よりも価格を重視されてしまい、他社に仕事を奪われるケースもあり得ます。
そこで土方兄弟が決断したのは、自社ブランドの製品を作ることでした。その気持ち、分かります。自社製品を作るとはつまり、製品の仕様決定権と価格決定権を握るということに他なりません。それだけにリスクも背負わなくてはいけないわけですが、それでも彼らは開発にかじを切りました。
何を作るか。愛知ドビーの得意分野は鋳造です。その技術を生かし、鋳物ホーロー鍋の開発に取り掛かりました。

問題は、鋳物にホーロー掛けをする技術の確立でした。これが実に難しいようで、その技術をものにできているのは、ル・クルーゼなど、フランスに存在する企業だけだったと聞きます。過去に日本の大企業も挑んでいたのですが、数十年間の研究を経ても、それを果たせなかったのです。
愛知ドビーは、鋳物の分野では専門性を誇っていますが、ホーロー掛けの分野においては全くの門外漢です。大手メーカーでさえ不可能だったことを、どのように成し遂げたのでしょうか。
簡単に言うと、「考え得る組み合わせを全て試した」ということでした。そんな話、大手メーカーでも当然やっているだろうと考えるかもしれませんが、さまざまな企業を取材していると、どうやらそうでもありません。

金と人、ノウハウの面で大手にどうしてもかなわないのが中小企業ですが、「後がない状況でどこまでやるか」という局面においては、中小企業の方が底力を発揮する事例は少なくないのではないか、というのが私の率直な印象です。実際、全くの門外漢である地方の小さな企業が、大手に果たせなかった技術開発を果たしてしまうということはあるのです。「後がない」という切実さが、「全ての組み合わせを愚直に試す」という姿勢につながるからでしょうね。
愛知ドビーが、鋳物にホーロー掛けをする技術を会得するまで1年半ほどかかったそうです。その間の苦労は相当なものだったでしょうが、まさに「後がない」からこその成功と思います。
こうして完成した鋳物ホーロー鍋『バーミキュラ』は、2010年に発売。広告宣伝へ資金を投入する余裕はなく、ウェブサイトを丁寧に作り上げることに専念したそうです。もう1つは、全社員(当時50人足らず)が、ユーザーからの電話相談に対応できる体制を築いたこと。これも中小企業ならではの真剣な取り組みに思えます。

その結果、どうなったか。バーミキュラは、発売直後からクチコミで話題を呼び、いっときは15カ月待ちの状態にまでなりました。現在も半年待ちの状況が続いています。当初の10倍を超える生産体制を構築しても、これだけのバックオーダーを抱えているというのは、すごい話ですね。

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2016年10月に催された商品発表会。人物写真の左が土方邦裕社長、右が土方智晴副社長。兄弟で愛知ドビーの経営を見事に立て直した

 

 

既存品を生かす次の一手

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鍋の本体は、IH熱源から取り外せる構造。鍋は今回の商品に合わせた新設計。 ご飯の炊き上がりまでは、浸水時間を含めて約60分。炊飯以外の調理にも対応する

 

 

そして2016年12月。同社は新たな商品を発売しました。それが『バーミキュラ ライスポット』。
鋳物ホーロー鍋であるバーミキュラの周りをIHの熱源で包んでしまうというもので、これは家電製品ということになります。小さな企業が家電製品を作った―でも、あくまでバーミキュラの発展形です。つまり、「飛び石」は打っていない。
商品名から想像がつくように、ご飯を炊くことに主眼を置いたものです。つまり、言ってみれば、高級炊飯“鍋”ということ。価格は税別で7万9800円と、大手家電メーカーの商品がひしめく、高級炊飯器の市場に真正面から殴り込みをかけた格好です。

しかしながら、土方兄弟に言わせれば、「家電を開発したという意識はさほどない」とのこと。「私たちは『道具』のメーカー」であり、「バーミキュラを存分に生かすための、理想の熱源を手に入れたかった」ために、この商品を投入したと言います。
従来のバーミキュラには、1つ泣きどころがありました。コンロにかけたときの火加減がとても難しかったのです。微妙なトロ火を保たねばならなかった。バーミキュラでご飯を炊くとおいしいという評判は、メーカーである愛知ドビーにも伝わってきていたそうですが、炊飯ともなると火加減はますます難しい。
ならば、IH熱源をくっつけてしまおうと土方兄弟は決断します。それがこの新商品です。
バーミキュラは、同社の工場の中で全て製造するというのが、土方兄弟の大方針でした。たとえバックオーダーを大量に抱えても、協力工場の構築はしなかった。全て内製です。
これは、「小さな町工場の製品なのだから、責任を持ってここで品質管理をしたい」との思いからでした。製造過程で何かの問題が生じたとき、出荷前に自らの目と手で原因をすぐに解明できますから、この方針は価値あるものだったと思います。「確かにヒットしたとはいえ、ひとたび何かの問題が起きれば、私たちのような中小企業はすぐに吹き飛ぶ」という土方兄弟の言葉は、とても印象的でした。

 

 

何を変え、何を変えないか

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炊き上がったご飯は、見ほれるほどに粒が立った状態。スープなどの煮炊きも得意。また、低温調理もできるのが強みでもある。 60℃強の設定で熱を入れたローストビーフは美しいロゼ、かつ、内部まできちんと熱が伝わっており、プロの料理人が作ったような仕上がり

 

しかし、今回のバーミキュラ ライスポットの開発に当たっては、IH熱源部分の製造において、福井県の企業と連携したといいます。内製にこだわっていたのに、なぜでしょうか?
「最初はIH部分も自社開発しようと考えたが、ここは専門性を有した企業と協力する方が得策と決断するに至った」(土方兄弟)

これもまた納得できます。ヒットした商品に関して、次に成すべきことは「何を変えて、何を変えないか」を見定めることだと私は思います。かたくなであってもいけないし、ふらついてもいけない。時には同社のように、方針替えする局面もあるということでしょう。それでも実際には、開発の過程で愛知ドビーがIH部分の設計を見直したそうです。他企業の協力を仰ぎつつも自律性はあくまで保持したわけです。
こうして出来上がったバーミキュラ ライスポットを実際に使ってみました。ブランド米だけでなく、ごく安価なコメも驚くほどの炊き上がりでした。粒が立っていて、甘い。安いコメが大化けするような印象です。今回の商品もまた、ヒットの道を歩みそうです。

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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