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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2016.09.30

Vol.13 まだ見ぬものを:佐久精肉店

 

地方からのヒット商品を目指す上で重要と思われるポイントについて、私はこの連載で何度もつづってきました。
“必然性なし、急ごしらえ、厚化粧”な商品ではダメで、足元にある宝物こそ大事にした方が得策であること。また、地元の消費者に親しまれているものにこそ、ヒントが隠されているケースが多いこと――。
そうしたポイントを踏まえた、まさに地方発信型商品の見本ともいうべき商品に、先日出会いました。今回は北海道発のお話です。

 

 

なぜトマトなのか

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北海道旭川市の佐久精肉店が作る『とまとたれ』。ジンギスカン用のたれではあるが、実際には肉料理、魚料理、パスタやサラダにも使える万能たれだ。地元だけでなく、本州の消費者にもより幅広く使ってもらえるよう、万能たれとしての訴求に努めている。パウチタイプの商品販売では、食品大手の日本食研との連携を果たしている。プラボトルタイプ(190ml)で税込み600円

 

 

私が注目したのは『とまとたれ』という新商品。旭川市の食肉卸である佐久精肉店が2016年4月に発売した、ジンギスカンのたれです。
この夏に、東京の羽田空港第1ターミナルで「北海道百選」というフェアが催され、この『とまとたれ』、早くも同フェアの陳列棚に並びました。また、食品大手の日本食研とも連携し、パウチタイプのものは同社が販売を担っています。一地方から生み出された商品としては、好発進といって差し支えないと思います。
私がまず引かれたのは、そのパッケージ。北海道らしいおおらかなデザインです。広い青空に、赤いトマトがぽっかりと浮かんでいます。ぱっと見て、これがどの地方発の商品で、何を素材にしたものかが、たちどころに理解できますね。聞けば、このデザイン案、佐久精肉店の取締役が考えたそうです。
手のひらに乗るサイズのプラボトルに入ったタイプは1本当たり600円(税込み)と、結構な値段です。既存の焼き肉たれの優に2倍はします。
口にすると、思いの外、優しい味でした。さっぱり、さらり。子どもでもお年寄りでも大丈夫でしょう。そして、トマトの味の輪郭がしっかりしています。
ジンギスカンに限らず、どんな肉でも合わせられそうですし、パスタやサラダに使っても良さそうです。ポークチャップやトマト味のパスタを作るのに、これは役立つ。オリーブオイルと混ぜて、カルパッチョのソースにする手もあるでしょうね。
要するに、ジンギスカン用とうたいながら、実際にはトマト味の万能たれということです。
もともと佐久精肉店は、1998年から、トマト味のたれに漬け込んだジンギスカン用の肉を、旭川市で販売していたそうです。地元での人気は根強いものがあるとも聞いています。
北海道の人は、トマト好きが多いらしい。菜園で採れたものを配り合ったりするのは日常の風景。それだけに、トマト味のジンギスカン肉も定着したのでしょう。佐久精肉店はいいところに目を付けたといえます。

 

 

18年前の転機

「トマト味のジンギスカン肉を売ったのは、うちが恐らく初めてでしょうね」と同社の取締役は言います。
佐久精肉店では、ジンギスカン用のたれを、大正11(1922)年生まれの先代が、長らく手作業で仕込んでいました。しかし、年々需要が高まり、また一方で、先代が高齢化したこともあって、パートナー企業と連携して生産する体制に切り替えることを決断しました。それが1998年のこと。
先代の “俺の味”を再現するのは大変な作業だったそうです。しかし、それが叶った場面で、「せっかくだから、このタイミングでトマト味のたれも作ろう」となりました。トマトの甘味や酸味が、先代直伝のたれに合うことを発見できたのは、同社にとって大きな転機となりました。
そこからの18年間、旭川ではトマト味のジンギスカンが地元の人々に愛されてきました。ただし、その味は、北海道から外に出ることはほぼない、ローカルな味であったわけです。
では、なぜ今回『とまとたれ』を全国に向けて発売することを決断したのか。きっかけは取引先銀行の担当者が発した「勉強のために、一度、東京の商談会に赴いてはどうか」という提案でした。佐久精肉店の取締役にしてみれば、地場の食肉卸が商談会のブースで何を展示すればいいのか、当然迷います。しかも商談会への出展は初めてのことだったそうです。そして、結論は出ました。佐久精肉店らしい商品を持ち込むならば、トマトのたれに漬け込んだ肉を出すしかない、と。

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旭川市にある直営店。常連客からは「たれだけを売るのか」と驚かれたそう

 

 

「何、これ?」の声

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トマト味のジンギスカン(肉)は1998年に同店が編み出した。2015年9月、東京・池袋で催された商談会に初めてブースを出展。2日間で食のプロ1000人が、このブースに列をなした。そのことに驚くと同時に、トマト味のたれだけを肉から独立させて発売することを思い立ったという

 

 

この商談会は開催2日間で、食関連のプロたちが4000人ほど来場するイベントと聞いていたそうです。「1000食を用意すれば大丈夫」と思っていたのに、この1000食は瞬く間にはけてしまったといいます。ブースの前には人が途切れず、通路に長い列が続くほどでした。
この商談会、一般消費者の来場はなく、あくまで食のプロたちだけが対象でした。列を作っていたのは、大手食品メーカーの管理職や、ホテルの料理長だったそうです。佐久精肉店の取締役は考えました。いったい、この長蛇の列は何なのだろうかと。
ここまでの熱視線を浴びた理由を、取締役は次のように理解しました。
「東京の人は『まだ見ぬもの』『知らなかったもの』を必死で探しているんだ」
実際、ブースに寄ってきたプロたちから、「何、これ?」という声が相次いだそうなのです。要するに、その道のプロが求めているのは、まさに「何、これ?」と思わせるような存在だったということなのでしょう。
取締役は、その場で決断しました。「東京に向けて売るべきは、たれに漬け込んだ肉ではなく、このトマト味のたれそのものだ」。ジンギスカンのたれ自体が本州などの大都市圏では珍しいですし、しかもトマト味のたれなら、ジンギスカン用のラム肉に合わせるのに限らず、使い道は多彩であるはず、とも確信しました。

 

 

色使いの理由

佐久精肉店の社員は、取締役の決断に最初は戸惑いました。「どうして今さら、たれだけを売るのか?」と疑問に思ったのです。しかし、取締役には勝算がありました。東京の商談会での反響(それも食のプロたちによる)を肌で感じていたからでしょうね。
4月に『とまとたれ』が発売されると、地元の消費者からも驚きの声が届きました。また、「どのような料理に合うか」との質問には、「肉料理だけでなく、野菜炒めにも使えますよ」と答えることで、「なるほど」と納得して購入してもらえているようです。
商品開発に当たり、取締役が知恵を巡らせた1つのポイントは、冒頭で触れた青空にトマトというパッケージデザインにありました。スーパーマーケットの焼き肉用たれ売り場は「黒い」。そのイメージを変えるデザインにすることで、この『とまとたれ』の自在性や新規性をアピールしたかったという話には、とても合点がいきます。よくあるたれの容器のデザインとは異なり、しかも「これは何なの?」と、それこそ興味が湧くパッケージになっています。
この商品の取材を終え、あらためて私は感じました。
まず、新しい商品を開発する上で最初に行うべきは、自社の中に存在する素材に光を当てる作業です(2016年9月号で取り上げたウイスキーが、まさにそうでした)。
そして、プロが集まる商談会への出展から、思わぬ好機を得られるケースがあるということです。商談会で知り合ったプロに会っていった結果、大きな契約をつかむ可能性は十分にあるのです。あまたのプロに「まだ見ぬもの」を伝えるには、こちらがまず動く必要があるということですね。

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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