Vol.12 逆境のときこそ投資する
北村 森
2016年9月号
始まりは、強みの発掘
2015年。1人の社員が、「若鶴酒造の強みとは何なんだろう」と思い立ち、古くから残る社内資料にくまなく目を通し、また蔵の中を隅から隅まで歩き回ったそうです。
すると、ある発見がありました。帳簿の上で、確かに55年物のウイスキーだるが存在している。そして蔵の中に、それはあった。1960年のモルト原酒でした。
口にしてみると、圧倒的な香り。そして、時を長く経たことがたちどころに感じられる、複雑な味わい。まろやかでうまい。ボトル155本分は取れそうなことも確認できました。
ここに、大事なポイントが1つあります。
社業を発展させる手立ては、それこそさまざまです。全くの新規事業に打って出る方策も取り得ます。ただ、いろいろな企業を取材してきた中で、私が実感しているのは、「急ごしらえ」「必然性なし」の事業は、あまりうまく事が運ばないという傾向です。
若鶴酒造と全く異業種の、ある地方企業で耳にした言葉。「飛び石は打たない」。あらぬ方向に手を広げると、社員ばかりか、消費者も付いていけなくなるという教訓ですね。石を隣り合うように打っていけば、着実に、また、蓄積したノウハウを生かして成果を上げられる……。
私がこの話を聞いた企業は、ジュースにするニンジンのネット販売で成功を収めているのですが、ニンジンの次はジュースに使うリンゴとレモン、次にジュースを作るためのスロージューサーと順を追って、かつ、商品が隣り合いながら商材を広げていく格好で展開した結果、消費者が付いてきたと聞きました。
話を戻します。企業の強みとは、その足元にあるというのが私の考えです。若鶴酒造のケースでも、あらためて強みを見いだすために、まず足元に光を当てたからこそ、55年物のたるを再発見し、それを生かす戦術を取れたのではないでしょうか。