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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2022.08.01

Vol.83「不便」への回答が鍵:美創

美創「andback」

濡れた衣類の持ち運びや、着替える際のマット、レインコートの代わりにもなり、1つで何役もこなす。使い方はユーザー次第だ

 

 

自らの手で探る

 

ヒット商品はどのようにして生まれるのか。さまざまな経緯があるでしょうけれど、その1つに挙げたいのが「消費者自身も気付いていない、あるいは、はなから諦めていた『不便』の解消に向けて斬り込む」というものです。

 

今回の本題に入る前に、別の事例をまずは紹介しましょう。2022年上半期のヒット商品として話題をさらっている「レトルト亭」というキッチン家電です。大阪の中堅メーカー、アピックスインターナショナルが開発したこの商品。何ができるかといえば、「お湯も鍋も電子レンジも使わずにレトルトパウチ食品を温められる」。もうそれだけの機能しかないのです。

 

本体の上からレトルトをそのまま差し込んでスイッチを入れると、あとは放っておいていいのですが、単機能商品もいいところですよね。でも、クラウドファンディングで2200万円を超える支援を集め、2022年初めの一般発売からわずか1カ月で2万台が売れました。値段は7680円(税込み)とそれなりにします。なのに、見事な発展を遂げました。

 

開発担当者に話を聞くと、消費者の声が開発のきっかけではなかったそうです。「完全なプロダクトアウト型」とのこと。

 

コロナ禍で「おうち時間」が長くなり、レトルトパウチ食品の売り上げが増えているというニュースに触れた開発担当者は、ふと思ったのだと言います。「レトルトって便利だけれど、本当に『不便』はないのか」。それへの答えは、消費者へのグループインタビューなどに頼らず、自分自身で導いたそうです。「実は温めるのが意外と面倒なのではないか」と。

 

社内では賛否両論が飛び交ったと聞きます。例えば、「お湯くらい沸かせよ」というふうに。でも、開発担当者はひるまずに、「まずはクラウドファンディングでテスト販売しましょう」と提案します。で、先に触れたような驚異的な反響を呼んだわけです。

 

この商品開発が示す教訓は2つあると思います。まず、「声として顕在化していないところにも『不便』は存在する」ということ。そして、もう1つは「消費者に対して『どこに不便を感じますか』と尋ねたところで、必ずしも答えは得られない」ということ。消費者は得てして不便や不満を明快に言語化できないからです。だからこそ、開発者自らが探し当てる必要があるのですね。

 

 

出発点は趣味の時間

 

ここから本題です。いま触れたレトルト亭とまさに同じような道筋をたどって商品化された事例が、全く異なる分野でも存在します。東京都調布市の美創という中小企業が開発・販売を手掛けた「andback(アンドバック)」という商品。値段は1万4080円(税込み)です。

 

これが何なのか。2つの写真をご覧いただくのが手っ取り早いかと思います。素材は防水・撥水加工を施したナイロンです。レジャーシートのように広げて使え、その後にフックを留めると、大きなバッグになります。「それがどうした」と感じられるかもしれませんが、この商品、同社の社長である村上一宏氏がプライベートで痛感していた不便を解決できないか、と考えたところが出発点でした。

 

「私、サーフィンが趣味なのですが、帰り道が厄介なんです」と村上氏は言います。濡れたウエットスーツがとても重たく、かさばるからでした。しかも脱ぐときに砂が付いたりすると、なお面倒だとも。

 

村上氏は考えに考え抜きます。気分の上でも物理的な面でも、この負担をなくせないか。そして思い付いたのがandbackの原案でした。ウエットスーツを脱ぐ場面で砂が付かずに済むには、まずレジャーシートのように敷いて使えないといけない。で、脱いだ後はシートごと包んでバッグ状になれば、とても楽に携えられる。素材を防水・撥水加工とすることで、車に積んだ後、水が漏れ出す心配からも解放される。

 

村上氏はこれを個人的に使うアイテムづくりで終わらせず、商品化しようと決断します。そして2021年、クラウドファンディングで公開すると約400万円もの支援を獲得するに至り、さらには一般発売後も順調だそうです。

 

 

想定外の人が振り向く

 

こうした流れには、村上氏も「ここまでとは」と驚いていると聞きました。そうですよね、サーフィンをたしなむ人がそんなに多くいるとまでは想像できません。だったら、なぜ?

 

「開発している途中では想定もしていなかった人たちが、実はこのandbackを購入してくれたんです」と村上氏は振り返ります。

 

一体、どんな層が振り向いたのでしょうか。村上氏に尋ねました。まず、海に限らず山のアウトドア愛好家が注目してくれたそうです。これは理解できますね。濡れている道具などを収めるのにとても便利ですから。でも、それだけではなかった。

 

「漁師さん、そして小さなお子さんのいるご家庭の方も、この商品を買ってくれました」と村上氏。ああ、確かに、漁師さんの仕事中にも助かるでしょうし、子育てする保護者にとってレジャーシートにもなり、その後に脱がせた服ごと包んでしまえるこの商品は、救いになるに違いありません。

 

 

印刷会社なのに、なぜ?

 

「びっくりしたのは自動車整備工場からの注文でした」と村上氏は話します。預かっている車のシートにandbackをかぶせて使うと、汚れる心配がなく安心して作業できるのだそうです。「使い道はユーザーの数だけある」という商品なのでしょう。これだけ多くの人にとってさまざまな「不便」があり、それを打開する手立て(商品)がこれまでなかったとも言えそうです。その意味で、実に痛快な商品であると思わせますね。

 

最後に確認したいのですが、村上氏が経営する美創は印刷会社です。どうしてまた、全くの畑違いとも表現できそうな領域の商品開発を決断できたのでしょうか。

 

村上氏は言います。「これを開発した背景には『印刷という自分の得意分野にこだわるだけではダメだ』という思いがあった」と。

 

印刷業界は現在、厳しい環境下に置かれています。その中で何を成すべきかを模索した結果、自社ブランドを生み出し、成果を示せた。そのことによって社員のモチベーションが上がり、本業である印刷事業にも好影響をもたらせたと言います。andbackの発売は、それこそ当初の予想を超える形で、こうした効果をも呼び込めたわけですね。

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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