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【コラム】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
コラム2022.04.01

Vol.79 幸運をつかむにはコツがいる:カモ井加工紙

カモ井加工紙「mt」

文具雑貨として人気のマスキングテープ。国内外のイラストレーターとコラボレーションしたデザインや、水に強い素材を使用した商品など、幅広いラインアップをそろえる

 

 

イノベーションを諦めない

 

ちょっとだけ理屈めいた話を最初にさせてください。

 

商品開発で何らかのイノベーションを起こせるのは、技術開発にコストをかけられる大企業や、才気あふれるカリスマを擁するベンチャー企業だけなのか。いや、そうとは限りませんね。

 

世界的デザイナーとしてその名を知られる奥山清行氏は、かつて私にこう教えてくれました。「この時代、『全く新しい技術を獲得しないとイノベーションは実現できない』と諦める必要はありません」。

 

どういうことか。すでにそこにある技術なりノウハウなり組織なりをうまく活用するだけでも、商品開発においてイノベーションは起こせるというのです。既知のものを組み合わせてうまく料理することで、新しい価値の創造は十分に果たせることを、奥山氏は指摘したわけです。では、そのためには何が求められてくるのか。1つの事例を見ていきましょう。

 

今回は文具用マスキングテープがテーマです。

 

マスキングテープは、もともと工業用の商品でした。例えば、何かに塗装する際に使うような存在であり、一般消費者が手にするのはDIYを実践するような場面がせいぜいでした。

 

それがある時期から突然、様相が変わりました。テープの色もデザインも多彩な文具用マスキングテープが市場をにぎわせ、贈り物のラッピング、ノートの装飾と、使途は多岐にわたるようになった。このきっかけは何だったのか。

 

 

ゼロから市場を創った

 

工業用ばかりだったマスキングテープの分野で、業界で初めて、色とりどりの文具用商品を出したのは、岡山県のカモ井加工紙です。2008年、「mt」と名付けたシリーズを発売し、初年から見事に反響を呼びました。後続のメーカーがあまた登場する状況であっても、現在、文具用マスキングテープ市場でシェア7割。mtシリーズのアイテム数は累計4000点にものぼると言います。同社は海外展開にも力を入れていて、mtの売り上げの1割は輸出が占めているそうです。

 

カモ井加工紙は1923年創立です。同社は当初、ハエトリ紙の製造を主軸に置いていました。1960年代に入った時点で、この先、市場は縮んでいくと判断し、ハエトリ紙がまだまだ売れていた時期だったのに、工業用マスキングテープ市場に打って出ました。そして2008年にmtを登場させたのです。

 

ハエトリ紙と、洒脱な文具用マスキングテープに共通するのは、和紙と粘着素材を組み合わせた商品であるという点ですね。そういった意味では、決して突飛な話ではないのだと理解できます。

 

「ああ、時代の変化に合わせて主力とすべき商品を見直していったという話か」

 

そう思われる読者の方がいらっしゃるかもしれません。もちろんそうなのですが、大事なのはここからです。なぜカモ井加工紙は、文具用マスキングテープなどという市場がこの世になかった時代に、mtの開発に乗り出したのか。

 

その発端はmt発売の2年前である2006年にあったそうです。突然、一般消費者である女性たちから同社へ、マスキングテープ工場を見学したいと連絡が入ったそうです。

 

 

工場見学を受け入れる

 

同社の専務、谷口幸生氏は振り返ります。「最初は、その理由も狙いも分からなくて、社員みんなで戸惑うばかりでした」。繰り返しになりますが、当時、マスキングテープは工業用として使われており、一般の消費者の工場見学を受け入れるような空気は、業界内になかったと言います。

 

でも、最後には、同社はこの工場見学依頼を受け入れることを決めました。なぜか。

 

むげに断るのは失礼だろうという考えの他に、もう1つ、気になるものがあったからだと谷口氏は言います。

 

「女性たちの話に耳を傾けたら、驚きの連続だった」。どこに驚きが?「マスキングテープの透け感が良い、色が楽しい、和紙のちぎれ具合が良い、だから生活の中でいろんな装飾に使える。彼女たちはそう話してくれました」(谷口氏)

 

それはカモ井加工紙の全ての社員が思ってもいなかった話でした。「メーカーである私たちが全く意識していない部分に、彼女たちは興味を示している。ならば、工場見学に迎え入れて、こちらもしっかりと話を聞こう、と」(谷口氏)

 

 

チャンスは他社にもあった

 

彼女たちが工場見学に訪れた1週間後、同社は文具用のマスキングテープを開発することを決めます。「これは、商品開発に乗り出していいんじゃないか」と谷口氏は決断したそうです。

 

ただし、話はそう簡単ではありません。これまでの工業用マスキングテープは少品種大量生産ですが、文具用となると多品種少量生産が必須です。考えを巡らせた末、「製紙メーカーから無地の白い和紙を仕入れ、そこに色や柄をつけるのは自分たちの工場内でやるしかない」という結論に達しました。もちろん、これまで全く経験してこなかった作業ですが、この手法ならば、最小限のコスト投資で始められるとの判断があった。

 

そして2年を経て、mtの第1号商品が完成。東京の雑貨店へ飛び込み営業をかけるなど、慣れない苦労を重ねたとも聞きますが、その努力は見事に花開きました。

 

同社による文具用マスキングテープの開発と発売は、新市場の創出という意味でまさにイノベーションと表現して良いでしょう。元来有していた技術を生かし、そこへ生産に向けた創意工夫を加え、実現したのです。

 

話を冒頭に戻しましょう。地方の中堅・中小企業がイノベーションを起こすためには何が必要か。

 

私は「全ての可能性を排除しない姿勢」だと思います。一般消費者の工場見学を受け入れたのが、mtの大ヒットにつながる発端でしたね。ならばそれは単なる幸運だったのか。いや違うのです。彼女たちは、カモ井加工紙の他にも、同じ業界のいくつもの企業に工場見学を申し込んでいたそうです。しかし、同社以外からは全て断られていた。中には返答すらなく門前払いのケースもあったらしい。

 

彼女たちの熱意を受け止めて真剣に話を聞いたのは、カモ井加工紙、ただ1社でした。谷口氏は最後にこう語ります。「彼女たちが依頼をかけた全てのメーカーにチャンスはあったわけです。スタートラインは一緒だったんですよ」。

 

 

 

Profile
北村 森Kitamura Mori
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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