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旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2021.10.26

Vol.74 アフターコロナを見据えて:南砺市観光協会

 

 

 

南砺市観光協会

日本最古の合掌家屋を生かしたゲストハウス(左)と、「戦前の村長さんのお屋敷」を旅館に変えた人気宿(右)

 

 

長く戦える体制を築く

 

今回は、私が携わっている案件についてお伝えすることをお許しください。北陸・富山の南砺市という地域で、市と観光協会による「南砺の宿ブラッシュアップ事業」が2021年7月にスタートしました。私はこの事業のプロデューサーに任命され、地域の宿の宿泊プランを策定しています。

 

この仕事を私が受けたのは、南砺市観光協会の専務理事・米田聡氏の言葉に、深くうなずける部分があったからです。

 

「今、全国各地の観光業界はコロナ禍による逆風に苦しんでいますけれど、本当の危機が訪れるのは、実はアフターコロナの段階かもしれません。だから今この時期にこそ、地域の宿や飲食店は、強靭化を図らないといけないのです」(米田氏)

 

どういうことか。もちろん2020年以来、観光客が激減していますから、もうすでに逆境下にあることは間違いありません。ただ、今は行政の支援による宿の割引施策が存在します。政府のGoToキャンペーンは実質休止とはいえ、自治体が独自の支援策を講じていて、地域内の消費者に宿泊を促している状態です。

 

「でも、アフターコロナになると、この割引施策は当然なくなるわけです」と米田氏は言います。

 

つまり、コロナ禍が収束すると、何より人の動きが復調しますから、国内各地の観光地、さらには海外のリゾートが再び強いライバルとなります。以前のように、旅行先を好きに選べるわけですから。

 

そして当然、コロナ禍だからこその割引制度はなくなり、宿泊料金が再び上がります(上がるというより、元に戻るというのが正しいのですが)。そんな状況を迎えるときにこそ、各地域の観光業界は真の危機に見舞われる、というのが米田氏の心配なわけですね。

 

「ならば」と南砺市観光協会は考えた。必要なのは一過性のテコ入れ策ではない。インフルエンサーに話題にしてもらうとか、さらなる割引に踏み切るとか、そういう話ではなくて、逆風下の今だからこそ、3年先、5年先、10年先を見据えて、地元の宿や飲食店が長く戦える体制を築かないといけない。そのための「ブラッシュアップ事業」だというのです。

 

 

 

 

唯一無二と断言する覚悟

 

これはなにも観光業界に限った話ではない。私にはそう思えました。苦しい局面だからむしろ、やみくもに動くのではなくて、明快なゴールを定め、可能な限り先を見通す作業は、どの事業者にも必要なものと感じられたのです。だから私は、この事業のプロデューサー役を受諾しました。

 

観光協会との最初の会議で私が伝えたのは次の2つです。

 

まず1つ目。「一部の宿だけが潤う施策にはしたくない」。この事業ではモデルケースとなる宿を南砺市内で4つ選び、それらの宿を前面に押し出した宿泊プランを成立させるのが1つの目的です。しかし、あくまで、そのプランは2022年度以降につながるものでないといけません。

 

ですから、モデルとなる4つの宿以外(南砺市には、民宿やオーベルジュから温泉旅館まで数十の宿があります)の意識も高められるものにしなければなりません。さらに言えば、宿以外の事業者(飲食店、土産店、タクシー事業者など)にも「わが事」と感じてもらう必要がある。観光業界全体に波及するプランであることが求められます。

 

2つ目は「その地に元々存在しているものを、ちゃんと活用しよう」でした。こうした場面で浮き足立って、厚化粧・急ごしらえ・必然性なしのプランを練っても、メッキが剥がれがちだからです。幸いにも、ここ南砺市には豊かな自然、歴史ある文化が根付いています。世界遺産に登録されている合掌集落がありますし、山の幸には事欠きません。山菜もジビエもうなるほどにおいしい。歴史を刻む祭りは季節の折々に催され、寺社仏閣にも見応えがある。

 

ただ、私はこうした魅力を今回のプラン制作で前面に押し出しても、全国の消費者への訴求力はちょっと弱いかもしれないと考えました。いや、どれも大いなる魅力を湛えています。しかしながら、自然や文化を訴求するという観光施策はもう各地にあふれるほど存在していますよね。

 

他の地域との差別化というような手垢の付いた表現をするつもりはありません。今や地域おこしで差別化を狙うなんて無理とすら、私は思っているほどです。よそを意識しすぎても袋小路にはまるだけという側面もあります。

 

だったら、「これが、うちの唯一無二だ」と言い切ることが必要だと私は観光協会に伝えました。もっと正確に言うと「これが唯一無二と断言する覚悟を持つ」という話です。これこそが、現在の地域おこしで重要なのです。

 

 

 

酒を楽しみ尽くすプラン

 

では私は、何を軸にした宿泊プランを南砺市観光協会に提案したのか。こんな内容です。

 

「南砺で連泊してもらい、その間、好きなだけお酒を楽しみ尽くせるプランを創出しましょう」

 

2泊3日で、2つの宿に泊まり、昼酒も朝酒も自由に満喫してもらう。中日となる2日目の昼は、南砺の飲食店(これがまた名店ぞろいなんです)のどこかを選んで、これまた好みの酒に触れられるひとときとする。

 

朝酒大歓迎とするわけですから、2日目の移動手段を考えないといけませんね。南砺は山間部も多く、鉄道やバスといった交通機関に利便性を期待できません。だったらタクシー、それも大型の高級ワゴンを利用してゆったり動けないか。

 

どうしてこんなプランを考えたかと言いますと、ここ南砺には酒に携わる事業者が6つもあるからなのです。まず、日本酒の蔵は3つも存在し、どの蔵の一杯も山の幸にぴたりと寄り添ううまさです。また、1軒あるクラフトビール工房はすでに創業20年。地元民に固定ファンが多いだけでなく、大都市圏での評価も極めて高い。広大なぶどう畑を有するワイナリーが近年設立され、生み出されるワインは早くも愛好家の心を掴んでいる。さらに、世界初となるジャパニーズウイスキーのボトラーズ(蒸留所から原酒を引き受けて熟成する拠点)も誕生間近です。

 

醸造酒から蒸留酒まで幅広くそろうというのは、もうそれだけで唯一無二の価値と言っていい。だからこその、このプランなのです。

 

このプランを成就させる道のりはこれからです。幸いにして、6つの酒類事業者からはすでにそろって賛同を得られました。次に肝心なのは何より「地域の関係者間の温度差を埋める」作業と認識しています。地域おこしでは得てして、この温度差の存在がネックになることが多いのです。

 

では、温度差をどう埋めるのか。これはもう、できれば現地に少しでも長く滞在し、対話を続けるのみと確信しています。そうすれば必ずや「地域のブラッシュアップ」はかなう。そう確信しています。

 

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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