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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2021.10.01

Vol.73 放てる矢は一本ではない:AH Products

 

 

 

自動車のサスペンションと同等のスプリングを実装
※写真は試作段階のバネ

 

 

AH Products「 LaLaCoチェア」

内蔵された二重のバネが、子どもの寝かしつけや、シニアのエクササイズの強い味方に。強靭なバネに加え、インテリアの邪魔にならないシンプルなデザインが長く使えるポイント

 

 

自らの経験を基に開発

 

今回の事例からお伝えしたいことは2つあります。まず1つ目は「商品開発のきっかけはどこにあるのか」という話。2つ目は、「その商品の初動が低調だったら、ヒットへの道を諦めるしかないのか」という話です。

 

取り上げる事例は椅子です。その名を「LaLaCo(ララコ)チェア」と言います。価格は5万4780円(税込み)。背もたれや肘掛けのないスツールタイプとしては、ちょっと立派な値段ですよね。

 

開発したのは、東京都目黒区に本社のあるAH Products。代表である原田暁氏はトレーダーとして金融業界で華々しい活躍を続けてきた人物と聞きます。トレーダーとしての活動を続けるのと並行して、ものづくりの領域にも挑んでいるのです。

 

このLaLaCoチェア、どのような椅子なのか。それは、赤ちゃんの寝かしつけに使ってほしいという思いを込めて開発したのだそうです。

 

開発の第一歩は、原田氏自身の経験にあったと言います。子どもが生まれ、彼も育児を担っていたわけですが、「ママが寝かしつけないと子どもが大泣きするんです」と原田氏は振り返ります。当たり前のように毎日育児に臨んでいた彼にとっては、相当なショックだったようで、なんとかできないかと試し続けたらしい。

 

「子どもを抱っこしながら、曲に合わせて踊ったり、散歩したり、テレビを見せたりしました。でも、全部だめでした」(原田氏)

 

ある時、子どもを連れて2人でバスに乗る機会があったそうです。抱っこして乗っていると、わずか5分もしないうちに子どもが寝ていた。なぜなのか、この5分で何が起きたのか、と彼は考えます。

 

原田氏はこう言います。

 

「バスのこの揺れにこそ理由があるのではないかと頭に浮かびました」

 

バス独特の揺れ――。それは道路の段差を乗り越える際に起きる縦方向の揺れだと彼は気付いた。

 

「ならば、それを再現する道具を手に入れたら、自分にも寝かしつけができるのではないか」(原田氏)

 

 

 

存在しないなら作ろう

 

原田氏は「きっとそういう商品はすでに存在しているだろう」と思い、ネットで検索をします。ところが、いくら検索してもヒットしなかったそうです。赤ちゃんが1人で寝そべると揺れる小さなゆりかごやベッドのような商品はあっても、大人が赤ちゃんを抱っこしたまま揺れる商品は見当たらなかったというのですね。さらにいうと、縦に揺れるという仕様の商品も発見できなかった。

 

だったらどうするか。「自ら作ってしまおう」と彼は決断したのです。

 

ここでまず「バスのシートに腰掛けているのと同じ状態になる道具にしたかった」と原田氏は話します。つまり、大事なのは大人の膝の上に赤ちゃんを据えて、「浮遊感のある縦の揺れを創出すること」(原田氏)。そうなると、必然的に開発するのは椅子になりますね。

 

原田氏は技術者ではありませんから、ここからは商品の試作を担ってくれる企業と協業したそうです。何が難しい点だったか。

 

「浮遊するような揺れを作ろうとすると、必ずそこには転倒のリスクが生じます。これだけは絶対に避けないといけません」(原田氏)

 

どんな手があるのか。揺れは垂直方向だけとし、少しでも斜め方向からの圧力がかかった時には全く動かないような仕様とすること。こうすることで安全性はグンと高くなります。実際、私もLaLaCoチェアに座ってみましたが、体の重心を少しずらして力をかけると、バネが全然働かず、座面が止まったままなのが興味深かったです。

 

次はバスで得られたときの浮遊感をどう再現するか。これは「バネを二重に備えることで達成できた」と原田氏は説明します。体重の軽い人なら1つのバネが、重い人だと2つのバネが働く格好で、誰でも適度な浮遊感を創出できる形にしました。

 

 

 

「やり方」を再考する

 

原田氏が思い立ってから5年。開発に時間を費やし、ようやく2017年にLaLaCoチェアの発売にこぎつけることができました。

 

「アイデアには自信がありました。『こういうものがあったらうれしい』と思う人は必ずいると確信していましたから」と原田氏は言います。だからこそ、それまで存在しなかった商品をゼロから作り上げたわけですしね。

 

ところが、発売直後からしばらくは「話題性ある商品」としてメディアに取り上げられるものの、売り上げは伸びませんでした。これは私の想像ですが、5万円超という価格がネックになったのかもしれません。赤ちゃんを育てている人にとっての切実な思いに応える商品でありながらも、やはり価格の問題はあったかと。

 

ここで原田氏は頭をめぐらせます。「そもそも私の本業であるトレーダーの仕事では『やり方を考える』のが大事なんです。こういう局面をどのように打破するか。それには『やり方』の再考が大切です」

 

一般消費者向けとして厳しければ、例えば保育園はどうか。預かる子どもの寝かしつけに悩む保育士の先生は多いはずと考えました。

 

「でも、これもうまくいかなかった。保育園の経営層は『子どものためになるものは導入する』と考えますね。ところが、このチェアの場合、保育士の負担軽減のためと捉えられなくもないわけです。そこに大事なお金はかけられない、と」(原田氏)

 

 

 

「やり方」を大きく転換

 

もう八方ふさがりという感じですが、原田氏はここで諦めませんでした。ある展示会に出品した場面での、ふとした違和感を思い出したのです。

 

「その展示会では、子どもの寝かしつけという点を訴求していたのですが、なぜかシニア層が興味を抱いてくれたんです」と原田氏は話します。

 

どういうことか。このLaLaCoチェアは揺らしてもまず転倒しないのがポイントだと、先ほど説明しましたね。そんな特性を考えると、シニアの人がこのチェアに座って良い姿勢を保ち、そして体を上下に揺らすのは、ちょっとした運動になるという話。

 

「ここに活路を見いだせるかもと判断しました」(原田氏)

 

試しに京王百貨店の催事に出品したところ、やはりシニア層がエクササイズ商品として購入していきました。2020年からはエクササイズ系の展示会への出品も模索を開始したと言います。さらに、複数の大学に依頼し、LaLaCoチェアのエクササイズ上の役割についての検証も依頼したそう。

 

ちょっとした違和感を見逃さないというのは、やっぱり商品ヒットへの道となり得るのだと、私はあらためて感じました。このLaLaCoチェアは今後、育児とシニア向けエクササイズの二正面作戦で、これまで以上に注目を浴びるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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