Vol.66 まず、1人で動き始める
2021年3月号
出汁茶漬け 網元茶屋
愛媛県産のハモを使った料理は通常の「骨切り」ではなく「骨なし」で提供。卓越した技法を用いて、わずか数分間で骨そのものを包丁で取り除く
愛媛県松山市二番町1-2-11 10B
埋もれてしまった技術
2020年来の新型コロナウイルス感染拡大の中で、私が感じたことがあります。それは「1人でも始められることがある」、もう1つは、その一方で「1人ではできないこともまたある」ということ。
今回の話は、まさにその両方の意味を良く理解できる事例です。
愛媛県松山市の繁華街に、「出汁茶漬け 網元茶屋」という和食の名料理店があります。店の名の通り、お茶漬けが人気なのですが、そこに至るまでの料理の数々もまた出色の内容で、全国各地から集まるファンも多い一軒です。
この「網元茶屋」の店主である塩沢研氏は、ある秘技の使い手でもあります。ハモのさばき方が独特なのです。普通、ハモといえば、数ミリ単位で細かく骨切りしてから料理に使いますね。これはハモには入り組んだ骨があるためで、今から100年ほど前に、京都で考案された仕込みの手法とされています。言ってみれば、ハモは骨切りするのが当たり前。今ではそんな感じですね。
ところが塩沢氏は、ハモを骨切りしません。わずか数分間で、小骨を含んだ全ての骨を、1つ残らずスッと取り去る技術を会得しているのです。実はこの技術、100年以上前には、多くの料理人が会得していた技でもあったそうです。でも、骨切りがいつしか主流となり、ほとんどの料理人はそこに疑問を持たなくなった。骨を抜くという手法は、いつしか忘れ去られたものになったのですね。
塩沢氏は言います。「本来、魚介類には包丁が入らない方がいいですよね。旨みが逃げますから。その意味ではハモも骨切りしない手法が、味としてはよりいい」
確かに、私も以前に網元茶屋で口にしましたけれど、肉厚で上品な甘みをたたえたハモは、骨切りしたそれでは味わえないものでした。これがハモなのか、という驚きがそこにあった。