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【コラム】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
コラム2020.10.22

Vol.62 ヒットはSNSのおかげか?
北村 森

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2020年11月号

 

 

休業の翌日に新商品を開発

 

分かったのは、やはり今回のヒットは“それ以前の話”にこそポイントがあったという事実でした。

 

小杉織物の代表取締役社長である小杉秀則氏によると、同社はもともと浴衣帯の国内市場で9割のシェアを占めていたそうです。「かつて和装全体で全盛期には2兆円の市場だった。それが今では2000億円市場と10分の1に。2020年はコロナの影響で、さらに縮小するでしょう」(小杉氏)

 

40年ほど前に同社を継いだ小杉氏は、和装関連産業がこの先縮小していくのを予測し、「少しでも可能性のある」浴衣帯に主力品目をシフト。その手が当たって、2000年ごろにはシェアトップに。「ところが、このコロナ禍で2020年2月には受注が完全にストップしました」(小杉氏)」

 

こうなると、織る物がもうない。3月下旬、小杉氏は従業員を集めて頭を下げます。「休業せざるを得ない。申し訳ない」

 

でも、小杉氏は翌日には立ち上がったと言います。今ここにある原材料でマスクを作れないかと。

 

「絹の生地はあり余っている。ワイヤーは浴衣帯に入れるためのものがある。あとはゴム部分です。子ども用の『へこ帯』を作る技術を生かせないか、すぐに社員を呼び戻して相談しました」(小杉氏)

 

試作完成までわずか6時間だったと聞きました。そしてすぐさま、たった1枚の試作品を携えて京都の問屋へと小杉氏は急ぎます。

 

「『ええやん、これ』とは言われましたけれど、『もうコロナは終わりやろ』とも返された」(小杉氏)

 

しょんぼりして福井に帰る途中、小杉氏に京都の問屋から連絡がきたそうです。すぐに戻ってこいとの知らせでした。

 

問屋のスタッフが試作マスクを写真に収めていたのを、なんということもなく他の業者に見せたら、すぐさま6000枚のオーダーが入ったというのです。

 

小杉氏は直ちに休業を撤回し、会社に戻ってもらうよう全社員へ連絡しました。そして4月第一月曜には、マスクの生産に追われました。休業を余儀なくされてからここまで、わずか1週間のことです。

 

「縫い方などは試行錯誤でした」と小杉氏は言います。最初は1日50枚で精いっぱい。でもすぐに500枚体制にまで持っていけました。「社員に仕事を提供できる。それが何よりもうれしく、ありがたかった」(小杉氏)

 

 

売り上げ激減後に好転

 

6月、大手企業がマスクを市場に出したことで、小杉織物への受注はガクンと落ちました。小杉氏は7月半ば、社員に再び謝罪します。「申し訳ない。もうあかん。あと2週間で注文分は終わってしまう、また休業しなければならないかも」と。

 

その3日後のことでした。藤井氏が同社のマスクを着けて戦いに臨んだのは――。

 

もちろん、小杉織物が藤井氏にマスク着用をお願いしたのでは決してありません。

 

「映像を見た社員が感じたのは、『これでまたマスクが売れるかも』ではなく、『こんなすごい人が、うちのマスクを真剣勝負の場で着けてくれた』という喜びだけでした」(小杉氏)

 

この時点では、売り上げが復活するとは考えてもいなかったそう。そのマスクが同社製と気付くのは、まあ小杉氏と社員くらいでしょうからね。

 

それが小杉織物の商品と指摘したのは、SNSユーザーでした。でも、それはあくまで偶然の産物でしょう。危機的状況で足元にあるものを生かし、社員のために生産を決めた。そしてすぐに京都に向かった。今や、1日あたり8000枚供給するこのマスクのヒットの礎は、そこにあるとしか私には思えません。

 

 

 


筆者プロフィール

北村 森 (きたむら もり)
1966 年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。 製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。 その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。

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