Vol.62 ヒットはSNSのおかげか?
北村 森
2020年11月号
小杉織物 「絹マスク」
独特なプリーツの形状、 耳ひもの幅、市松模様 などから、藤井聡太氏の 着用したマスクが自社製 品であると確信したそう
企業はSNSを動かせない
地方の企業から相談を受ける中で、しばしばこんな話を聞きます。「インフルエンサーをうまく巻き込んで、商品を売れないでしょうか」
インフルエンサーとは、消費者の購買行動に強力な影響をもたらす人のことです。人気のユーチューバー、あるいは閲覧者の多いインスタグラムユーザーなどが挙げられます。
そうした存在が特定の商品をSNSで取り上げ、商品がヒットした事例は確かに見ます。また、SNSで発信していなくても、著名人が何かのタイミングで商品を身に付けることで、消費トレンドに影響力を持った事例もあります。
ただですね、そうしたインフルエンサーは企業のコントロール下にないからこそ、トレンド創出の源泉となり得ているという側面を忘れてはなりません。企業とタイアップしている(あるいは企業が商品を提供している)ケースはありますが、その場合、波及力はさほどではないと考えられます。なぜなら、消費者はそうした匂いに敏感で、「なんだ、企業と組んでいるのか」と鼻白んでしまいがちだからです。
その意味では、ここ10年ほど話題となっている「インフルエンサー・マーケティング(インフルエンサーを企業が活用するマーケティング手法)」は、長短両面あるといいますか、マイナス要素が少なくないのです。
それもそのはず。本来、口コミは、企業の手を離れて発生するからこそ力を有するわけです。企業がSNSの世界を動かそうとするなら、周到な戦術を持って、よほどうまく立ち居振る舞うしかない。しかし、それが成功するとは限らないのです。
あのマスクは彼のおかげ?
「いや、そんなことないだろう」と言う方もいらっしゃるかもしれませんね。では、ごく最近の事例を一つ挙げてみましょうか。
福井県の小杉織物という中小企業が、絹でできたマスクを大ヒットさせています。1枚2000~3000円(税抜き)程度もするのに、品切れで待たされることもしばしば。現在ではなんと1日当たり8000枚の生産体制を敷いており、こんなに数多くを生産しているのに、それでも作った分だけさばけているといいます。
この絹マスク、よく言われるヒットの理由はこうです。
「将棋の棋士である藤井聡太氏が大事な一戦でこのマスクを着用していたことがインターネットで話題になった。だからここまで売れた」
2020年7月のタイトル戦での話です。確かにその反響は大きかったようですし、これが大ヒットにつながった側面は否めません。
ならば、藤井氏という強大なインフルエンサー的存在がこのマスクを着けていなかったらヒット現象は起き得なかったのか。
私はそうは思いません。藤井氏が期せずして小杉織物の絹マスクを着用したことで巻き起こった口コミは、ヒットへのいわば駄目押しのようなもので、それ以前に、ヒットにつながる動きがあったのではないか。私はそう仮説を立てました。話はそんな簡単なものではないように感じられたからです。そこで、福井まで出向いて、小杉織物にヒットの経緯を聞きました。