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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2020.08.19

Vol.60 商品開発は「総当たり戦」:ハッシュ

 

 

 

 

スポッとる
60年続く街のクリーニング店が開発した染み抜き剤。累計38万個を売り上げているヒット商品。10ml、900円(税抜き) 

 

 

累計38万個のヒットに

 

今回取り上げたいのは、衣類の染み抜き剤です。東京のハッシュという中小企業が2008年に発売した「スポッとる」。こんな少量で結構、値が張るなあとも思いますが、これ、累計で38万個を売り上げている意外なヒット商品でもあります。

 

パッケージには「あきらめていた衣類のシミもスポッと取れる!」とつづられています。正直、なんだか眉唾ものだなあとも思いましたが、実際に古い染みで試してみたら、確かにうまく取れました。

 

今回は、その染み汚れの除去効果の話を……したいのではないのです。どういう経緯で、この「スポッとる」が生まれたか、中小企業が商品開発を期す上での大事な鍵がそこから読み取れると思ったのです。

 

さあ、順番にお伝えしていきましょう。まず、この「スポッとる」なのですが、開発・販売するハッシュ代表である浅川ふみ氏に言わせると、「商品化する予定は全くなかったんですよ」とのこと。それは、どういう話なのか。

 

この商品のパッケージには、こうも表記されています。「シミ抜きの専門家が15年かけて開発!!」。この言葉の背景から聞きました。

 

浅川氏の実家は、東京・大井町で60年間続いているクリーニング店だそうです。彼女は、お客さまの自宅を訪れ、衣類の集配を担っていたのですが、しばしばこのように言われたそうです。「丸洗いしてほしいから出すんじゃない。この染みを消してほしいからだ」と。

 

 

 

 

 

 

 

染み抜きはプロにも鬼門

 

ところが既存の染み抜き剤では、染みはおいそれとは消えないんですね。染みをこそげ取る、あるいは色を消すというのが、元からある染み抜き剤の手法ですが、狙ったように落ちてくれない。

 

「父からは『無理するな、染みが落ちなかったら、そのことを伝えて返すしかない』としばしば諭されました」と浅川氏は振り返ります。染みを抜くことに前のめりになって強い物質を使った結果、生地を傷めたら、衣服の弁償をしなくてはなりません。無理し過ぎると、お客さまにも父にも叱られる――。

 

だったら、浅川氏は当時どうしたのでしょうか。

 

「父からは『お前、もう染み抜きをやるな』と命令されたんですけれど、隠れてこっそりやってました」と浅川氏は言います。なぜそこまで?

 

染みが落ちることを期待しているお客さまの気持ちに応えたかった、と彼女は言うのですね。だから、父親には隠して、染み抜きの研究を、クリーニング店の片隅で続けたそうです。

 

浅川氏によると、既存の染み抜き剤には泣きどころがあったそうです。それは、こそげ取ろうとしたり色を消そうとしたりすることによる生地の傷みだけではない。

 

当時の染み抜き剤は、しょうゆ染みならこれ、口紅にはこれ、というふうに、染みの種類によって分かれていたそうです。ところが、お客さまの持ってくる衣類の染みは、「いつ」「どこで」「何が付いたか」、まったく分からない物が大半です。だから染み別に染み抜き剤が分かれていること自体に限界があるわけです。

 

 

 

 

 

 

3年かけて分かった

 

大部分の染みに有効であり、しかも衣類の生地を傷めない染み抜き剤があればいいのですが、そんなものはなかった。浅川氏は化学をさほど学んでこなかったと聞きましたが、ここから頑張りました。

 

「衣類に付く染みって、食べこぼしが多い。素人考えかもしれませんが、胃液のような染み抜き剤があればいいと思い立ちました。胃液って、食物は消化しますけれど、胃袋や骨は溶かしませんよね」(浅川氏)

 

染みを落として服は傷つけない。この理屈に気付くまで3年かかったそう。ただ、言葉にすれば簡単ですが、そこからどうしたのでしょうか。しかも彼女に化学の知識はないわけです。

 

「『総当たり戦』です」(浅川氏)

 

酢酸や重曹、炭酸など、考えられるものは全て試したといいます。これ、私はなるほどと膝を打ちました。

 

なぜか。大手企業でも長年果たせなかった発見を、小さな企業が成し遂げるケースって、臆せず「総当たり戦」に臨んだ結果だったという話をよく耳にするからです。

 

鋳物にホーローがけする技術は、長らく日本国内では物にできていなかったのですが、それをやり遂げたのは、名古屋市のごくごく小さな町工場である愛知ドビーでした。で、同社は現在、鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」が大ヒットし、日本を代表するようなものづくり企業に育っています。

 

そこからさらに1年間、浅川氏は「総当たり戦」を続け、そして過酸化水素をごく薄く配合するのがベストと、答えを見いだすに至りました。

 

 

 

 

 

「時間」が重要なファクター

 

それも、ただ単に、過酸化水素が鍵というだけではありませんでした。過酸化水素はクリーニングの現場で使われていた物質ですけれど、それをただ染み抜き剤に配合するというだけではなかった。浅川氏は言います。

 

「それまでの私は、即効性を求めていたんですね。塗ってすぐに染みが取れるかどうか、と」

 

答えをつかむための鍵は即効性ではなかったそうです。

 

「これを塗って24時間放置してみたら、見事なまでに染みが取れた。ああ、時間に鍵があったのかと、やっと分かりました」(浅川氏)

 

塗って24時間置いておくと、染みがバラバラに分解される格好で生地から離れ、埃がはらりと落ちるように取れていく。つまり、無理にこそげ落とすのでも、色だけを消すのでもない。もし一度で取り切れなかったら、また塗って再び24時間放置した後に水で流せば、ちゃんと落ちる。

 

さらに11年間、細部の成分改良を進めながら実家でのクリーニングの現場で使っていたら、ある時、お客さまから言われたそうです。

 

「どうしてお宅の店に限って、こんなに染みが落ちるの?」

 

その瞬間に浅川氏は思い立ったそうなのです。

 

「ああ、これを商品化したら、世界中の人が染み抜きできる」

 

そして、この染み抜き剤は実家を飛び出し、この十数年で38万個を売り上げたという話です。

 

やはり「総当たり戦」が大事だと、私はあらためて感じ入りました。

 

 

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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