Vol.56 まだ見ぬものを創出する
2020年5月号
ハルキャビア
静岡県浜松市の山奥、春野地区で陸上養殖されたチョウザメから採卵し、「ハルキャビア」を作っている。既存のキャビアと大きく異なるのは、晩秋から春先までしか採卵しないこと、塩分濃度を3%程度と低く設定していること、そして低温殺菌せず、フレッシュな状態で出荷すること。その結果、他では味わえないような、極めて味わい深いキャビアを創出し、国内外で脚光を浴びている
【金子コード 食品事業部】
https://hal-caviar.com/
富裕層だけが相手か
のっけから私の話で恐縮ですが、2020年に入って、また新たな地域おこしプロジェクトに参画しています。それは「秋田由利牛」の魅力を広く伝えていこうという案件。
経済産業省や自治体、生産者、そして大学教員などから構成されるチームです。すでに何度かの会議や取材を進めています。
チームに加わってあらためて考えたのですが、秋田由利牛の持ち味を、いったい誰に伝えるのが大事なのかという話です。
まず何をおいても、地元の人に対してであるという点は、基本中の基本だと私は思っています。地元の人すら振り向かないものに、地元以外の人が反応するというのは、原則あり得ないからです。これは地域おこし案件における重要なポイントだと、私は確信しています。
で、焦点はさらにそこからなのですね。秋田由利牛の実力を地元の人に実感してもらったら、どういった消費者層に訴求していくかを考えるのが、次の段階です。
普通に考えたら、銘柄牛を食べ付けていて、少々高い価格でも手に取ってくれそうな富裕層となるのかもしれません。でも、私はそうとも限らないと考えています。
富裕層とか中間層とかといった区分けの仕方が、もう古いのではないかと思うのです。そうではなくて、「食のためなら、多少の無理をしても(あるいは無理をしなくても)お金を投じることに躊躇しない消費者層を狙う」という捉え方が大事なのではないでしょうか。所得や居住地、家族構成で消費者をセグメントする手法では、何かを見失ってしまう気がするからです。
要するに、「秋田由利牛はうまい」と感じてくれ、年に一度でも購入してくれたり、もっと言えば、わざわざ秋田まで食べに来ようと考えてくれたりする人こそ、ターゲットにすべきなんです。そしておそらく、そう考える消費者の所得も居住地も性別もバラバラなはず。
お金持ちだからグルメ、なわけじゃないのですね。
なぜこのようなことを思ったかと言いますと、東京のとあるベンチャー企業の取り組みに感じ入ったからなのでした。
「欲しい何か」とは…
エピキュリアンという新興企業なのですが、「体験」をキーワードにした会員組織を構築しています。会員になると、例えば、「老舗の8代目が特別に案内する下町体験」や、「京都の名寺の特別プログラム」に参加できるという感じ(https://epicurean.world/)。
取材を兼ねて、私も何度かプログラムに参加したのですが、その体験は実に興奮できるものでした。
同社の社長が言うには、「いい大人たちの間では『欲しいものがない』との声があふれているが、果たして本当にそうなのか」というのが事業発想のスタートだったそうです。つまり、「自分の見えている範囲に、自分の心が動かされるものがないだけなのではないか」という仮説から始まっています。
そして同社は、会員に対し「これを体験したら、あなたのいる世界が変わりますよ」といった提案を、伝え続けています。
ああ、なるほどと思いましたね。消費者は必ずしも「欲しい何か」を意識できているとは限らない。それは、提示されて初めて気付くものなのかもしれないという話。
そしてここからが重要なのですが、そうした「欲しい何か」「新しい興奮」って、なにも富裕層だけが求めているものではない。これと感じたモノやコトに、ためらうことなくコストを投じる人は、この景気不透明な状況下でも確実に一定数いるのです。エピキュリアンの会員にしても、全ての人が富裕層ではないはずです。
すなわち、「これこそが『欲しい何か』であるかもしれませんよ」と事業者側が伝え切ることが、とても大事になるわけですね。