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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2020.03.31

Vol.55 右肩下がりの市場だからこそ

 

 

 

幸だるまさんカレンダー
「幸だるまさんカレンダー」は卓上タイプの商品。2020年シーズンに新発売となったカレンダーで、価格は1300円(税抜き)と安くないが、滑り出しは上々という

【トーダン】
https://www.todan.co.jp/

 

 

縮小する市場で戦う

 

時代とともに市場規模が縮小を余儀なくされる商品分野があります。消費者の嗜好の変化、あるいは、それまでの商品に取って代わるような新しいものの登場など、理由はさまざまであると思います。

 

こういった場合、企業は打つ手なしなのかといえば、もちろんそんなことはありませんね。

 

例えば、2005年ごろの国内ウイスキー市場は、それはもう「風前のともしび」でした。サントリーやニッカなどの大手メーカーが何をやっても、市場は右肩下がり。アルコール度数が高く香りに癖のあるウイスキーそのものが、多くの消費者の嗜好に当時はまらなくなっていたわけです。

 

そうした逆風吹きすさぶ状況下で、2004年、果敢に起業した男性がいました。当時は前例のなかった、ウイスキー専業メーカーを立ち上げたんです。企業の名はベンチャーウイスキー、創業者の名は肥土伊知郎氏といいます。

 

肥土氏は起業直後、2年間で2000軒ものバーを巡り歩きます。そうした気の遠くなるような行動を通して、彼は「ウイスキー市場が全くの壊滅状態というわけではない」という結論をつかんだのでした。

 

確かに統計数字を見れば、国内のウイスキー市場が冬の時代であることは明白です。でも、オーセンティック(伝統的形態)なバーでは、20歳以上の老若男女が1杯2000円以上もするようなシングルモルトウイスキーを喜んで飲んでいる。

 

つまり、大手メーカーがウイスキー事業を存続し得るほどの市場規模があるかといえば、それは厳しい。しかしながら、中小のウイスキー蒸留所が存続し得る規模の市場は、国内にも確固としてある。そういう結論を肥土氏は2年をかけて導き出したわけです。

 

そしてベンチャーウイスキーは2008年に仕込みを始め、2011年に実質的な第1号商品を世に出しました。すると、これが即時に完売となるほどの話題をさらった。

 

その後、ベンチャーウイスキーは快進撃を続けます。今や、ジャパニーズウイスキーは海外からの人気も絶大となり、同社の後を追いかけるように新しい蒸留所が全国に林立するほどになっています。

 

ウイスキー人気の復活にはもちろん、サントリーが奮闘した結果として生まれたハイボール人気も忘れてはならない事象ですが、ベンチャーウイスキーの努力がこの空前のウイスキーブームを築き上げたのも、また事実でしょう。

 

手掛ける(手掛けようとする)商品の市場が右肩下がりに見舞われた場面で、どう考え、どう動くか。これが今回のテーマです。

 

 

 

 

 

 

トーダンは創業110年を超える老舗のカレンダーメーカー。写真下は1960年代に作ったチャレンジングなカレンダーで、写真部分をフィルム加工し大ヒットしたという

 

 

カレンダー市場の実情

 

今回取り上げるのは、カレンダーの専業メーカーです。

 

東京・荒川区に本社があり、茨城県に工場を持つトーダン。創業は1903年といいますから、立派な老舗メーカーです。

 

同社によると、カレンダーの国内市場は、1990年代前半にピークを迎え、そこからは年々2~3%ずつ縮小の一途をたどり、いまや全盛期の70%程度なのだそうです。

 

その理由、想像に難くはありませんね。年末にカレンダーを配る企業は年々減っていますから。経費節減という側面もあるでしょうし、そもそも紙のカレンダーにどこまで需要が残っているのかと考える向きもあるでしょう。

 

スケジュール管理にしても、曜日の確認にしても、現在はスマートフォンで簡単にできますから、紙のカレンダーの存在意義はもう廃れつつあると捉えられても致し方ない部分はあります。

 

 

 

 

 

 

金運カレンダー

トーダンの定番商品である「金運カレンダー」。1999年版の発売以来、累計販売数100万部を超えるロングセラー商品

 

こだわっているポイントの一つは黄金色。紙の繊維から黄金色に染めているので、月が変わるときにカレンダーを破いても白い繊維が出ない

 

 

法人向けから個人向けへ

 

では、トーダンは、そうした逆風下で、どのように事業の先行きを考えたのでしょうか。

 

「自社商品のアドバンテージがどこにあるのか。そこをまずあらためて捉え直そうとしました」

 

同社社長の強口邦雄氏は、そう振り返ります。そのとっかかりとなったのは、大手雑貨店に卸していた自社ブランドのカレンダーについての評価でした。

 

それまで法人から注文を受けた商品が同社の主力でしたが、少数ながら一般消費者向けのカレンダーも制作していたのです。そして、そうした商品が、思いの外、大手雑貨店で売れているとの話をつかみました。

 

「他社の商品と比べてみて、あらためて分かったのですが、うちの商品には三つの特徴がありました」(強口氏)

 

それは、節句などの暦の情報がきちんと載っている。数字が見やすい。そして、メモを書き込みやすい。この3点でした。

 

単なるデザイン性ではなく、そこにきちんとした機能性を加味していることを、一般消費者は見逃さなかったということですね。

 

では、そうした質実剛健なカレンダーさえ作れば、縮小傾向にある法人向け市場から、個人向け市場へと簡単にシフトできるのか。いや、話はそんなに簡単ではないでしょう。

 

「そもそも、紙のカレンダーとはどうあるべきか、そこを考え抜きました」。強口氏はそう言います。

 

その過程で、強口氏が気付いたのは、カレンダーは意外なまでに保守的な商品だということ。

 

「消費者は、いつものカレンダーをいつもの場所に据えるんです」(強口氏)

 

だったら、どうやって、そこに割って入り、トーダンのカレンダーを消費者が手にするようになるか。勝負はそこですね。

 

 

 

 

 

幸だるまさんカレンダー

表面には12カ月それぞれに色違いのだるまさんや吉日のアイコン、六曜などを掲載(左)裏面には大きなだるまさんをデザイン。各月のだるまさんが持つ意味や願意のほか、3カ月分のカレンダーを掲載。付録に目玉シールがある(右)

 

数字が見やすく、しっかりメモを書けるスペースがあり、機能性にもこだわりが光る

 

 

暦とは何なのかを熟考

 

そして、ある結論にたどり着きます。それは、先に挙げた三つの要件とは別のものでした。

 

「暦の情報や、数字の見やすさも大事です。でもそれだけではダメ。デジタル系のカレンダーやスケジュール管理アプリと、紙のカレンダーの違いは何かをとことん考えたら……」(強口氏)

 

何だったのですか。

 

「いわゆる『縁起』です」(強口氏)

 

どういうことか。

 

「紙のカレンダーの美点はいくつもある。各月の全体像を俯瞰的に眺めながらスケジュールを立てやすいなどがそうですね。でも、それ以上に紙ならではなのは、購入する場面、そして使う場面での『縁起』であると考えました」(強口氏)

 

確かに、年の瀬にカレンダーを手にして飾り付けたり据え置いたりする場面で、人は「来年もいい年であるように」と願いますね。そして、吉日を知ったり、季節の節目に気付いたりなど、やはり縁起というキーワードは付いて回ります。これって、デジタル系のツールではなく、紙だからこその話でしょう。同社はそこを大事にしようと決断した。

 

 

なぜ伊勢神宮研修なのか

 

そうして、約20年前に「金運カレンダー」を発売。1700円(税抜き)と高めの価格設定ながら、累計100万部を超えるヒットとなっています。そして2020年シーズンには、冒頭に掲載した写真の「幸だるまさんカレンダー」を登場させています。こちらは1300円(同)です。

 

同社の戦術でとても興味深いのは、ただ単に法人から個人へとシフトすることを判断したのではなく、シフトする上で何が必要かについて熟慮を重ねた点にあると思います。そうでなければ、簡単に個人客をつかむことはできなかったでしょう。

 

強口さんはこうも語ります。

 

「私たちメーカーは、ややもすれば『正しいものを作る』という意識だけにとらわれがちです。品質や納期こそが大事と。でも、それだけではもはや消費者に響かない。ならば『正しい』の先にあるものとは何か、と考えました」

 

縁起とはまさにそれだったのですね。そして同社は、商品に直接現れない部分にも心を砕きます。

 

「社員を伊勢神宮で研修させているんです」(強口氏)

 

作り手としてのゲン担ぎなのかと思いきや、そうではないらしい。明快な狙いがあったそうです。

 

「縁起物とは何なのか、そして縁起物を人の手に届けるまで、神社の方々はどこまで心配りをしているかを社員に体感してもらうためなんですよ」(強口氏)

 

「そこまでやるか」。うなると同時に、そこまでやっているからこそ、商品の細部に何かが宿るのかもしれないと感じ入りました。

 

 

 

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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