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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2020.02.28

Vol.54 「作りたい」プラスアルファで:アルプス化成

 

 

 

 

 

COinCA(コインカ)
「COinCA」は、クレジットカードサイズのコインホルダー。「500円硬貨1枚+100円硬貨4枚」が収まるタイプ、「50円硬貨1枚+10円硬貨4枚」が収まるタイプ、「5円硬貨1枚+1円硬貨5枚」が収まるタイプの3種を用意。価格はそれぞれ880円(税込み)。アルプス化成初の自社ブランド商品
3種類のコインホルダーをラインナップ

【COinCA(アルプス化成)】
https://coinca.jp

 

 

底流にある諦めない気持ち

 

先日、ハワイ出張に行ってきました。目指したのはオアフ島のノースショア。ホノルルから車を1時間ほど走らせた、島の北西部です。ハワイマニアに人気のエリアとはいえ、日本人観光客が多いワイキキ辺りとは異なり、旅行客目当ての大型商業施設などはほぼありません。

 

このノースショアに「ハワイアン焼酎カンパニー」という、日本人夫婦が営むごく小さな焼酎蔵があります。春と秋それぞれ、わずか約3000本だけ生産されているのですが、この焼酎を買うにはちょっと手間が要ります。

 

まず、メールでの事前予約が必須です。次に、このノースショアの蔵まで足を運ぶのが大原則。日本に輸送をしてもらえないのです。つまり、ハワイまで飛んで、さらにレンタカーを駆って行く必要がある。

 

それでも、ここの焼酎「波花」は、毎年の春秋ともに瞬く間に完売となります。どうしてか。純粋においしいからなのですね。鹿児島で修業を積み、ハワイのイモを使って造られる芋焼酎の味は、どこまでも優しくて、そして温かな気持ちにさせられる一杯と表現したくなります。単に希少だからというだけでは、2013年の創業以来、例外なく全て完売し続けられないでしょう。

 

ご主人に話を聞いてきました。またなぜ、わざわざハワイで焼酎を造ろうと?

 

「造りたかったから。これに尽きますね。若い頃にハワイのイモを口にした時、『このおいしいイモで焼酎を造ってみたい』と単純に考えました。その思いを貫いて、修業から始めたんです」(ご主人)

 

でも、蔵の設立、地元金融機関からの融資、そして島の農家からの原材料調達と、苦労も多く、諦めそうになったこともあるのではないでしょうか。

 

「いえ、一度も諦めようと思ったことはありませんでしたね。諦めようとしなかったから、ここまで完遂できました」(ご主人)

 

こう聞くと、夢を追い求めた美しいストーリーに終始しているようにも感じられますが、ちゃんと冷静な計算もあったといいます。

 

それは何か。

 

「ハワイを選んだところです」とご主人。

 

例えば、これが(同じようにイモの栽培が盛んな)トンガだったらハワイほどに観光客はいないでしょうし、旅で訪れるのもハワイよりハードルがありますから商いとしては成立しにくかったかもしれませんね。夢を追い続けると同時に、そこにはちゃんと、読みを働かせていたというわけです。

 

 

 

 

 

 

アルプス化成社長の渡辺 親氏

 

 

小銭要らずの時代になぜ?

 

さあ、実はここからが今回の話の本題です。取り上げるのは、コインホルダー。

 

アルプス化成は、東京・大田区で創業50年を超える歴史を有する、小さな町工場です。専門領域は長らく、産業用スイッチ部品などの精密プラスチック製品の下請け製造でした。

 

それが2019年、同社として初めて自社ブランド商品を世に送り出しました。それがコインホルダーだったのです。商品は「COinCA(コインカ)」という名で、880円(税込み)。

 

これまで携わってきた産業用スイッチ部品と共通するのは、ぱっと見たところ樹脂を使っているという点くらいに思えます。どうしてまた、コインホルダーだったのでしょうか。

 

同社社長の渡辺親氏は言います。「私が欲しいと心底思えるようなコインホルダーがなかったという点に尽きますね」

 

なるほど。確かに既存のコインホルダーって、ちょっと分厚かったり、デザインがさほど洒脱でなかったりするものが少なくない。だから、自分で作ってしまいたいという純粋な思いに駆られたのも分かります。それこそ、冒頭で例に挙げた芋焼酎の「波花」と、出発点は同じなのでしょう。作りたいという一心だった点において。

 

そして頭に明確に思い描いたのは、「クレジットカード並みの薄型・小型のサイズで、長財布のカード入れにすんなりと収まるもの」だったそうです。

 

これなら、長財布に差し込んでおくだけでなく、例えばジョギングをするときなどにポケットへ突っ込んでいても気になりませんよね。うまく考えたデザインだと思います。

 

 

COinCAの設計図面

 

 

 

 

 

 

工場の内観

 

 

得意分野を生かす

 

このCOinCA、開発には4年ほどかかったそうです。ごくシンプルな仕様に映りますけれど、何に時間がかかったのか。

 

「一言で申しますと、クリック感なんです」(渡辺氏)

 

小銭を本体にはめ込む場面、そして取り出す場面で、指先にカチッとした心地よい響きを伝える、そのクリック感のことですね。実際、COinCAで小銭を出し入れする際のクリック感は気持ち良いですし、それが安心感にもつながっています。ちゃんと小銭がはまってくれていて、しかも確実に取り出せるという安心です。

 

ポイントは、小銭を収める穴に備わっている爪の仕様に負うところが大きいと聞きました。それって、産業用スイッチ部品を長く製造してきたことで培った技術のたまものですよね。

 

渡辺氏は答えます。「そうなんです。でも、それでも試作を何度も繰り返しました」

 

渡辺氏は、CAD(設計支援のシステムソフト)や3Dプリンターを使うノウハウを、ゼロから学んだといいます。決して簡単な話ではなかったと想像します。そして金型を3回製造した。金型というのは安くありません。小さなものでも100万円はかかります。しかしながら、初の自社ブランド商品を作り上げるために、時間を惜しまなかった。

 

その結果、小銭を収める穴を小銭よりも0.2mmだけ大きく取ることがベストだと導き出し、さらにはクリック感を絶妙に生む爪の仕様を見いだせました。加えて、本体デザインでは角に丸みを付けるなど、商品として親しみやすさへも心を砕いた。

 

そしてようやく、COinCAは完成を見たというわけです。

 

 

もともとは、こうした精密プラスチック部品の製造を手掛けてきた

 

 

 

 

 

 

試作を何度も重ねた。左が初期の試作品で、一番右が完成品

 

 

キャッシュレス時代にこそ

 

ただ、ここで思うわけです。ここ数年、世の中はキャッシュレス化の一途をたどっています。クレジットカード対応の店舗が増えただけではありませんね。ICカードの普及と定着、しかもここに来て「◯◯ペイ」などの呼称で知られるスマートフォン決済も勢いを伸ばしています。そんな時代に突入しているのに、いまさらコインホルダーで勝負するのは、時代遅れと言えなくないでしょうか?

 

「いえいえ、違います。キャッシュレス化の時代だからこそ、このCOinCAが必要なんです」(渡辺氏)

 

あっ、そうかもしれない!

 

キャッシュレス化が進む社会で、小銭の必要性はどんどん低くなっているのは確かです。でも、まったく不要というところまでは、少なくとも日本の社会では行きついていませんね。いざという時のために、必要最小限の小銭は持っておくことが求められると言っていい。だからこそ、わずかな枚数をコンパクトに携えられる、このコインホルダーが価値を持つのか。

 

渡辺氏は言います。

 

「そうです。10年前なら、この枚数では足りないでしょうね。そして10年以上先になれば、この枚数すら不要になるかもしれません。まさに、いまだからこそCOinCAが需要を生むんです」

 

そこにはやはり、冷静な、と言いますか、鋭い読みがあったという話なのですね。うなりました。

 

これは、異国での芋焼酎造りを目指した「ハワイアン焼酎カンパニー」の話にも通じます。やみくもに夢の実現を目指したのではなくて、ハワイ、それも観光客の多いオアフ島を拠点に選んだことと、このCOinCAをいまこのタイミングで世に送り出したこと。そのどちらも、極めて絶妙な判断だなあ、と私には感じられました。作りたいものをただ作っただけではなかった。

 

COinCAは同社の公式サイトで販売しているほか、すでに大手雑貨チェーンからの引き合いも数多いと聞きます。

 

 

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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