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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2019.12.16

Vol.51 自ら外に踏み出す意味:Takano Farm

 

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フリーズドライフルーツ「エアリーフルーツ」
「エアリーフルーツ」は、完熟した果実をフリーズドライ加工した商品。現在は「シャインマスカット」(18gで税抜き1200円)、「完熟もも」(10gで同1050円)、「黒ぶどう」(18gで同1100円)の3種を展開している。一般的なドライフルーツとは異なり、フリーズドライの場合、食感はサクサクと軽やかなのが特徴。でありながら、果実の香りや味わいはしっかりと再現されているところが面白い

 

Takano Farm
山梨県山梨市中村25 https://www.takanofarm25.com/

 

6次産業の課題点

地方のものづくりを取材し続けている仕事柄、6次産業に関連するイベントに顔を出す機会が多くあります。

農業や漁業などに携わる人たちが育ててきたり取ったりした食材を、市場などに卸して終わり、ではないのが6次産業ですね。その食材を使って独自の商品を開発し、それを自前で販売するところまでを担う。1次産業×2次産業×3次産業なので、「6次」という呼称であるわけです。

1次産業に従事する方のモチベーションは上がりますし、売り上げ増にもつながるだけに、もうかれこれ10年以上、政府はあの手この手で6次産業の振興を図っています。安倍晋三首相が「6次産業により、農業を成長産業化させる」と語ったのは、4年前の話でした。しかし、現状はどうでしょうか。

必ずしも成功しているとは言えませんね。皆さん、6次産業化から生まれたヒット商品を挙げられますか。たいてい、二つか三つで行き詰まってしまうのではないでしょうか。6次産業のプロジェクトは、いまや全国至る所で進められているというのに、なぜなのでしょうか。

農業にしても漁業にしても、どの地方であっても素材には事欠かないはずです。では、商品力が弱いのか。それもあるかもしれません。ただ、実際に口にすると、決して悪くはない物が多いのです。それなのに、ヒットに結び付いていない。

私は、二つの問題点が横たわっているとみています。一つは助成金・補助金ありきの商品開発パターンが少なくないこと。「どうせお金をもらえるなら、何か作ってみるか」といった程度の感覚では、商品のヒットはおぼつかない。補助金や助成金を得ることは悪い話ではありませんが、それはあくまで、作りたい商品が最初にあってこそのことだと私は思います。

もう一つは、こうした商品が消費者に伝わっていないことです。どちらかといえば、こちらの方が問題でしょうね。この連載でもいつもお話ししていますが、厳しい言い方をすれば「伝わっていないのは、存在していないのと一緒」なのです。作ればそれで成功、では決してないのですね。

いや、地方の中小事業者が商品の存在を伝え切るなんて至難の業だと反論される方もいらっしゃるでしょう。コストもかけられない、人手もかけられない、しかもプロモーションの知恵を編み出すにも難儀している。そうした苦しい状況で「どうすればいいんだ」と。

 

ほんの小さなブースから

今回取り上げる事例は、まさに6次産業化から生まれた商品です。山梨県山梨市の小さな果樹農家であるTakano Farmが開発、販売する「エアリーフルーツ」。果実をフリーズドライにした商品で、値段は1000円強です。

私がこの商品を知ったのは、とある展示会のごくごく小さなブースでした。かなり地味な所に位置していたのですが、それでも私の目を引きました。

何かとっぴな展示手法を取っていたわけでも、大きな声で来場者を引き寄せていたわけでもありません。それでも、きれいな色合いのフリーズドライフルーツの姿に、思わず足を止めたのです。

で、サンプルを口にすると、これが思いの外おいしい。口当たりが軽やかなのは最初から想像できていましたが(これはフリーズドライだから当たり前)、その香りや味わいがずば抜けていたのです。

シャインマスカットの甘みには品があり、黒ブドウは皮の部分が香ばしい。モモがまた良かった。スパークリングワインを注いだグラスに落としたら、ひときわ楽しいものになるはずだろうと思いました。これまでの私の取材経験から見ても、ここまでさえたフリーズドライフルーツはそうない、と確信できる仕上がりだったのです。

先ほど私は「伝わっていないのは、存在していないのと一緒」と申し上げましたね。でも、もう一つ言えば、「この時代、本当にいい物がずっと見逃されるはずはない」とも信じています。何かのきっかけがあれば、その道のプロや消費者が放っておかない(もちろん、強い商品であることが前提にはなりますけれどね)。

この展示会で出会った後日、あらためてTakano Farmの農園主である高野弘法氏に尋ねてみました。すると、この展示会に出展した数日間で、大手中小を問わず、かなりの企業から取引の声が掛かったらしい。やはり見逃されなかったのですね。

 

Takano Farm 農園主の高野 弘法氏

Takano Farm 農園主の高野 弘法氏

 

じっくり時間をかけて乾燥させ、最高の仕上がりに

左:まず果物を冷凍させる 真ん中:フリーズドライの工程は「ゆっくり、じっくり」が重要だと見極めたそう 右:出来上がった「エアリーフルーツ」

左:まず果物を冷凍させる
中:フリーズドライの工程は「ゆっくり、じっくり」が重要だと見極めたそう
右:出来上がった「エアリーフルーツ」

 

失敗を重ねた後に

Takano Farmは、いきなりこの快作を世に出したわけではなかったという話も聞きました。

大学卒業後に地元へ帰り、2016年に3代目として農業に携わり始めたそうです。父親と一緒に、まずはジュース製造を外注し、次はジャムにも挑戦した。でも、両方とも日の目を見なかったそうです。

「作れば売れるだろうと思ったら、売り先すら見つからないんです。両方ともお蔵入りでした」(高野氏)

そうなのですね。案の定、やみくもに開発するだけでは成功しないという話だったのです。

で、次にどう考えたか。

「伝わる商品とは何なのだろう、と考えに考え抜きました」(高野氏)

その結果として出てきたのが、当時、山梨県では製造されていなかったというフリーズドライフルーツの商品化だったといいます。

ただし、「ただのフリーズドライではなくて、製法にも素材にもよそとは違う視点を取り入れることが重要と考えました」と高野氏は話します。

よそとは違う、とはどういう部分なのでしょうか。

「単にサイトを立ち上げたり、パッケージデザインを凝ったりしても、それが本当に広く伝わるために有効かといえば、そうとは限らないんですね。だからこそ、製法にまで立ち戻らないといけない」(高野氏)

つまり、一見、伝わるための手段として大事だと思われそうな部分は、必ずしも絶対的なものではないということなのですね。だからこそ、大本である素材や製法が重要なのだと。

高野氏は、具体的には次のことを徹底したそうです。まず、使う素材は完熟果実であること。そのためには加工するタイミングが極めて大事なので、製造を外注せずに、フリーズドライの装置を自宅の敷地内に導入しました。

「外注すると、外注先の都合に左右されますから、この日がベストというタイミングで加工に入れない恐れがあるんです」(高野氏)

そして、ただ単に内製化しただけではありませんでした。内製化したからこそ、フリーズドライの工程を試行錯誤できた。その結果、じっくり時間をかけて乾燥させるのが最高の仕上がりに直結すると分かったそうです。

これで、物は確実に良くできました。では次は……。

 

おいしさの秘訣は、フリーズドライを内製化していること。果物にとって最適なタイミングで加工ができる

おいしさの秘訣は、フリーズドライを内製化していること。果物にとって最適なタイミングで加工ができる

 

思い込みからの脱却

「私自身が外に踏み出すことが大事と考え、実行しました」(高野氏)

これは、ジュースやジャムを試作した時の反省点であったそうです。自らが商品を手に携えて、人前に出て説明する。ただそれだけの話なのですが、それを徹底して続けている作り手は、意外に少ないかもしれません。

「過去の失敗があったから、私は気付けたんだと思います。それまではずっと、良い物さえ作れば大丈夫と思い込んでいました」と高野氏は振り返ります。

その結果、どうなったか。

まず、山梨県が主催する「Mt.Fuji イノベーションキャンプ2017」で「始動部門プランコース最優秀賞」を獲得。また、全国の地方新聞社が手掛け、地域産品に光を当てるプロジェクト「47CLUB」において、「こんなのあるんだ!大賞2019」関東ブロック代表にも選ばれています。さらには、大手クラウドファンディングサイトでは、これまで340万円を超える支援を獲得しました。

高野氏によると、そうした成果はたちまち表れたものではなく、2017年ごろまでは低調な反応だったとも聞きました。それでも「外に出続けた」。それが、ここまでの実績につながったのですね。

見逃されないための活動、これが成否を分けたのでしょう。

 

 

 

 


 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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