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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2019.09.30

Vol.49 「一つになる」意義:沖縄県酒造協同組合

 

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琉球泡盛「いちゃゆん」
「いちゃゆん」は沖縄県酒造協同組合が旗振りをし、同県にある46全ての酒造所の泡盛を一つ残らず集めてほぼ均等にブレンドし、一つの泡盛にしてしまったという商品。2018年に限定発売され、瞬く間に大半が売れた。ただし、現在でも沖縄県の酒販系ネットショップでは、残数わずかながら購入することができる。25度と43度、二つの度数をラインアップ。

 

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販売価格
「いちゃゆん 25度」720ml:982円(税抜き、限定3000本)
「いちゃゆん 43度」720ml:1800円(税抜き、限定5000本)
「いちゃゆん 43度」1800ml:3685円(税抜き、限定1000本)

沖縄県酒造協同組合
https://www.awamori.or.jp/

 

「みんなで協業」の難しさ

例えば、ある地域の伝統的産品を何とか盛り上げようとして、その産品に関わる全ての企業に参画を依頼するプロジェクトを立ち上げたとします。

これが結構難しかったりするのです。理由は簡単ですね。わずか1、2社に協力を辞退されてしまっただけで、「全ての企業がここに集結」と表現できなくなってしまいます。そうなると、プロジェクトの持つ訴求力は、もう半減以下になりますよね。「なんだ、プロジェクトからこぼれている企業もいくつかあるじゃないか」と。

たった1社でも抜け落ちるとそうなってしまうわけですから、こうしたプロジェクトを立ち上げることにおじけづくケースがあっても不思議ではありません。音頭を取る責任者がどうにか99%まで説得にこぎ着けても、あと1%の説得に失敗したら、もう終わり。

しかも、ここからがまた微妙な話になってしまいがちです。1、2社が抜け落ちたからといって、そのプロジェクトを中止するわけにもいきません。すでに多くの企業からの協力を取り付けているわけなので。しかしながら、「全ての企業が協業」とはうたえなくなっている状況では、プロジェクトを実行しても、前述のように、その威力は小さなものに限定される。

となると、その次のプロジェクト計画にも悪影響をもたらし……と、良くない循環がそこに生まれてしまうわけです。抜け落ちる企業がますます増えるかもしれない。

だから、協業型のプロジェクトというのは、計画するだけでも相当のリスクが伴うのですね。

 

 

全酒造所の参加を目指す

さあ、ここからが今回の本題です。テーマは泡盛。

泡盛といえば沖縄の蒸溜酒ですね。実はこの泡盛、2004年をピークに、市場規模は右肩下がりをずっと続けているらしい。長期的な低落傾向に歯止めがかからないのです。こういうときこそ、酒造所が単体ごとに頑張ると同時に、それこそ一つになる何らかのプロジェクトが必要だと感じさせますね。これまでも、泡盛を使ったカクテルのレシピブックを作成したり、イベントをしたり、無策だったわけではありません。しかし、起爆剤としては残念ながらいまひとつという側面も正直ありました。

同県の泡盛酒造所を束ねる存在である沖縄県酒造協同組合のもとに、地元大手流通企業であるイオン琉球の社員が訪れたのは、2017年のことだったといいます。

「泡盛のために何かできないか」というところから始まり、イオン琉球の社員はこう提案したそうです。

「全部の酒造所の泡盛をブレンドする、そんな1本を造れませんか」

協同組合は、これまでも複数の酒造所の泡盛をブレンドする事業に携わってきました。しかし、全部の酒造所の泡盛を一つ残らずブレンドするという取り組みは、これまでやったことがありません。

まあ、当然ですね。販売力のある大手どころの酒造所であれば、そのようなプロジェクトに協力する意味をさほど感じないでしょうし、また逆にごく小さな酒造所にとっては、原酒を提供するのも大変です。さらに言えば、自分の造った泡盛を、他の酒造所のものと一緒くたに混ぜられてしまうことに抵抗のある蔵元がいても不思議ではない話でしょう。

さあ、どうしたか。

「当然ですが、問題は『全部の酒造所の泡盛を』というところです」

そう振り返るのは、協同組合の専務理事・武田智氏です。

それこそ、一つの酒造所が欠けたら最後、「全蔵の泡盛をブレンド」とは打ち出せなくなってしまいます。それでは、このプロジェクトは意味を成しません。

現在、沖縄県には46の泡盛酒造所があります。繰り返しになりますが、この全てを口説かなければならないわけです。

「欠けるところが出てしまって、『40蔵』とか『41蔵』というふうになってしまってはダメでしょう。そのことはもちろん、理解していました」(武田氏)

これ、かなり緊張する作業だったと思いますよ。

「離島にある小さな酒造所の場合、製造量がそもそも少ないんです。しかも輸送費がかかります」

協同組合では、輸送費などの各酒造所の負担を取り払えるように調整を進めたそうです。ただ単に「こういう全蔵参加型のプロジェクトをやるから」と上から目線で働き掛けたわけではなかったのですね。

 

 

那覇にある小さな居酒屋「島酒と肴」(上) 「いちゃゆん」の特徴を見事に言い表した、同店のスタッフ(右下) 品書きでも「全酒造所ブレンド!」とアピール(左下)

那覇にある小さな居酒屋「島酒と肴」(上)
「いちゃゆん」の特徴を見事に言い表した、同店のスタッフ(右下)
品書きでも「全酒造所ブレンド!」とアピール(左下)

 

危機感を共有できていた

協同組合の理事会で、このプロジェクトの実行を決めたのが、2017年の秋。そして、全蔵の原酒がそろったのが翌2018年の3月。およそ半年かかっています。

「反発はさほどありませんでしたね。やはり、『このままではいけない』という危機感を、全ての酒造所が持っていたのでしょう」

武田氏はそう言います。ただし、小さな酒造所から、「うちは参加しなくてもいい」との声は届いたそうです。「自社の泡盛を他社のものと一緒くたにされるのが嫌」というより、これは生産量の少なさからくる話だったようです。それを一つ一つ、協同組合の職員が説得していった。これは骨の折れる仕事であったと察しますね。

そして、半年かけて一つも残さず、46の全ての酒造所の泡盛を協同組合に集め切り、それをブレンドした。

ここで興味が湧きます。一体どのようなブレンド比率なのでしょうか?

それが、ほぼ均一だそう。味のことを考えて、どこかの蔵の泡盛をそっと多めにしたなどはないのでしょうか。

「いや、それはしていません。本当に微細な分量差はありますけれど、それはあくまで小さな蔵からの原酒の供給量による理由だけ」(武田氏)

さあ、味はどうなったか。そしてこのプロジェクトの結果は?

 

 

「外箱には全46蔵が記されています」と話す、沖縄県酒造協同組合の専務理事・武田智氏

「外箱には全46蔵が記されています」と話す、沖縄県酒造協同組合の専務理事・武田智氏

 

ケンカせずにまとまる

「いちゃゆん」(沖縄の言葉で「出逢い」の意味)と名付けられた、この46蔵ブレンドの泡盛を、那覇にある小さな居酒屋で飲んだときの話です。

女性スタッフが問わず語りにこう言葉を発してくれました。

「ケンカせずに、まとまった」

そうなのです。全46の酒造所の泡盛をほぼ均一にブレンドしたというこの一杯、まさに女性スタッフの言う通り、ケンカせずにまとまった、優しい味わいに仕上がっていたのです。それが不思議。

再び、協同組合の話です。

「いや、味を狙ったわけではないんです。結果的に思わぬまとまりを見せたんです」

武田氏はこうも言います。

「ブレンドしてから半年ほど寝かせています。この時間が、この味わいとなって現れたのでしょう」

なるほど。時間が大事なのか。「交わるには、時間がかかる」ということですね。これまた、深い意味を感じさせる表現です。

居酒屋での話。協同組合での話。単なる味のことだけではなく、このプロジェクトそのものの意味も伝えてくれているような気がしました。どういうことか。

ケンカせずにまとまったからこそ、全蔵が協力という、他にまず類を見ないであろう、この「いちゃゆん」は生まれた。もし、たった一つの蔵が「うちに一体何のメリットがあるんだ」と言い始めたら、この泡盛は世に出なかった。

そして、時間をかけて協同組合が蔵人を説得したというところも大きかったわけです。ただただ「協力せよ」と告げるだけでは、46の酒造所の中から欠けるところがあったのではないでしょうか。

この「いちゃゆん」、2018年に発売されるや否や、瞬く間にその大半がさばけてしまったそうです。消費者は「すごい泡盛を出したものだね」と驚き、各酒造所は「よく売れているじゃないか」と感想を漏らしたといいます。

今回のプロジェクトは数量限定のものでしたが、これを完遂したこと自体に大きな意味がある、と私は思いました。全蔵が一肌脱いだことは、必ずや次の一手につながると感じさせます。

「すぐに第2弾を、というわけにはいきませんが、いつかぜひ、再び同じようなプロジェクトに挑みたいと思っています」

武田氏は、そう話していました。

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Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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