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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2019.06.28

Vol.46 「伝える」を意識する:黒崎屋

 

201907_hata_01
黒崎屋
「黒崎屋」の前身は鮮魚店。富山市郊外のスーパーマーケットのテナントでありながら、料理人が足しげく通う実力派の魚屋だった。2019年3月、その近隣に独立した店舗を構え、移転オープン。鮮魚のみならず、肉、野菜、加工食品を扱う小売店へと姿を変えた。
富山県富山市寺島1456
http://www.kurosakiya.co.jp/

 

高級魚のノドグロも安い。そしてうまい

高級魚のノドグロも安い。そしてうまい

 

経営リソースの適切な配分

長野県の八ヶ岳で新規就農して事業を成功させている直販農家がいます。200件もの契約を保持し(それ以上は断っているそう)、売上高利益率は50%前後という農家。

その彼が、興味深い話をしてくれました。

「既存の農家は、経営リソースを『つくること』に集中させ過ぎている。『売ること』にも意識を向けないといけない」

念のため言いますと、この農家が成功している第一の理由は、野菜の味が良いことだと私は分析しています。つまり、売ることにかまけて、野菜作りをおろそかにしているわけではない。むしろ、その逆です。土壌のこと、作物のことを相当に研究しているのです。その上で、いかに自ら作る野菜の魅力を伝えるかに注力している。

顧客管理や、手書きのレター送付などに工夫を凝らすだけでなく、直送する野菜の品種も、契約する家庭別にき細かく選んでいます。家族構成や食材への詳しさなどを分析して、それぞれの家に、別の野菜を送っているそうです。それって相当な手間なはず。

もう「いいものを作りさえすれば、消費者は振り向く」と構えていればいい時代ではないということかと思います。

で、今回の話は農家、ではなくて、一軒の小売店がテーマです。

地域の食材(魚、肉、野菜、加工食品など)の実力に光を当てて、漁師や農家、6次産品の生産者に「自らが携わる商品を売る」ことを意識してもらう舞台を提供し、ひいては「商品のお披露目の場として活用し続けてほしい」と位置付ける、そんな小売店です。

オープン直後の店舗を取材してきました。ご報告しますね。

 

その前身は、近隣にあるスーパーマーケットのテナントだった黒崎屋。移転を機に、取り扱うようになった肉や野菜も、店主のこだわりが光る

その前身は、近隣にあるスーパーマーケットのテナントだった黒崎屋。移転を機に、取り扱うようになった肉や野菜も、店主のこだわりが光る

 

奇跡の鮮魚店が進化

その店があるのは、北陸・富山県の郊外です。周りは広い田んぼ。決して交通の便が良い立地ではありません。店舗面積は100坪といいますから、食材を幅広く扱う店としては、そんなに広いわけでもありません。

ところが2019年3月にオープンして以来、週末ともなると1日に1000~1500台のクルマが県内 外からやって来ると聞きました。相当な人気であることがお分かりいただけるかと思います。

店の名は「黒崎屋」といいます。もともとは近隣にあるごく小さなスーパーマーケットの一角で、テナントとして「黒崎鮮魚店」という屋号を掲げて商いを続けてきました。

前身である、この黒崎鮮魚店なのですが、ただの魚屋ではありませんでした。富山の名だたる料理人たちがこぞって日参する、超実力派の店だったのです。

どの地域にも、プロの料理人向けの魚卸業者は存在しますね。ご主人の黒崎康滋氏は、お父さんの跡を継ぐに当たり、こう考えたそうです。

「既存のプロ向け卸がやらないことをやろう。それによって、個人経営の鮮魚店として生き残りを目指そう」と。

具体的にはどういうことか。基本的には顧客からの注文はあえて取らず、黒崎氏が「これ」と目利きした鮮魚を、卸値が下がったタイミングで購入する。そうすると、飛び切りの魚が、相当に安く手に入りますね。そして、そうした魚を使うことをプロの料理人に毎日提案していくわけです。

「高く仕入れて、高く売るのは、面白くないでしょう」と黒崎氏はいいます。言葉にすると簡単ですが、大変な苦労かと思います。

さらに、日曜や祝日も、料理人たちの要求にこまめに対応する。それによって、信頼をつかむ。

つかみにいった顧客はプロだけではありません。朝から午前まではプロ向けの店として機能させ、昼から夕刻までは、一般の消費者向けに刺し身や焼き魚などを売る。そこで使う魚は、プロ向けのものと同一の質です。料理人たちが結果として購入しなかった魚を昼から加工に回すということです。すると、当然ですが、これまたべらぼうな質の刺し身などが、一般消費者の手に渡ります。

評判が評判を呼び、不便な立地であるにもかかわらず、黒崎鮮魚店は年商3億円を超える売り上げを達成しました。プロと消費者、2つの顧客をつかむことで、仕入れた魚は無駄にならず、好循環を生むことができた。プロ向け卸と一般消費者向けのスーパー、その両取りのような存在になった。まさに“奇跡の鮮魚店”という話です。

 

黒崎夫妻。夫が経営と鮮魚部門を担い、妻が店舗運営と青果、加工食品部門を担う

黒崎夫妻。夫が経営と鮮魚部門を担い、妻が店舗運営と青果、加工食品部門を担う

 

ITの力を生かしきる

移転オープンした黒崎屋は、店内を巡るだけでも楽しい一軒です。「この地域にはこんな食材があったのか」という驚きをもたらしてくれる。

手書きのPOPがまたいいのです。例えば、おいしい卵を生産している事業者が作ったプリンが2種、冷蔵ケースに並べられていますが、味や食感がどう違うか、端的に紹介されています。あるいはちょっと珍しい野菜には、どう料理すればいいかの一言も添えてあります。こうした演出ひとつからも、力の入りようが見て取れる。

肉に関しては、地元・富山で超実力派のファームが黒崎屋に出店しているといいます。そのファームというと、支店を増やさないことで知られていましたが、黒崎屋の姿勢に共感して支店を出したそう。毎日午前中、ファームの代表はプロの料理人の注文に応じるために、ここ黒崎屋に常駐しているほど。やはり熱心です。

黒崎氏はこう語っています。

「魚だけではない。この地域には頑張っている農家もあれば、おいしい肉を育んでいるファームもあります。そうした産品を選りすぐって集結させた一軒としたい」

ただ単に地域産品を集めた小売店舗というだけでしたら、よその地域にも存在するでしょう。黒崎屋が徹底しているのは、プロの目にもかなう(と言いますか、プロも驚くほどの)食材を集めきった部分にあり、さらに言えば、それを一般消費者にもまったく同じように提供しているところかと思います。しかもごく普通の消費者にも、その魅力や持ち味が分かるように、POPを巧みに活用しているのです。

さらに、ここからがとりわけうなった話なのですが、黒崎屋は移転オープンに当たって、ITを上手に取り入れました。プロの料理人に対しては、仕入れた魚の情報を、動画を使って提供しています。それによって料理人は仕入れにかける時間を短縮できるというメリットがある。店に行く前に、あらかじめ、魚の姿を動画で確認できますから。

そしてもう一つ。野菜売り場には天井にカメラを設置してあります。黒崎屋に野菜を納めている農家たちは、スマートフォンなどを通して、リアルタイムで自分の野菜がどれだけ売れているのかをチェックできる仕組みです。

品薄になってきたら、すぐさま野菜を追加納品できます。もっと言えば、どんな野菜が反響を呼んでいて、どんな野菜が意外に売れ残っているのかを、農家自身がいつも把握することができます。

 

 

1.賑にぎわいを見せる魚売り場2.厳選した素材で作られた加工食品3.地元の超実力派ファームがテナントに入り、質の高い肉を販売4.「自然農法」または「有機農法」で作られた野菜が並ぶ5.売り場のリアルタイムの様子を、野菜農家は外からスマホで確認できる。品切れならすぐに持ち込める

1.賑にぎわいを見せる魚売り場
2.厳選した素材で作られた加工食品
3.地元の超実力派ファームがテナントに入り、質の高い肉を販売
4.「自然農法」または「有機農法」で作られた野菜が並ぶ
5.売り場のリアルタイムの様子を、野菜農家は外からスマホで確認できる。品切れならすぐに持ち込める

 

売り上げは5億円超えへ

黒崎氏は言います。

「農家さんが『売る』ということに意識を傾ける、その契機になればいいと思っています」

ここで冒頭の八ヶ岳の農家の話に戻るわけです。八ヶ岳の農家は自ら「売る」ことへの意識を高めましたね。でも、全ての農家がそうできるとも限らない。

黒崎屋は、そうした農家たちに「自らが育んだ作物を売る」という意識を持ってもらう、一つの大きなきっかけをもたらしていると言っていいでしょう。そこが特筆すべき点であると感じます。

6次産品も多く扱う黒崎屋ですが、先述したように、そうした生産者にとってもこの店はいい舞台になりますね。これだけの客(しかもプロまで)が訪れるのですから、時には厳しい目にさらされるかもしれません。でも、それが大事なのだと思います。

黒崎屋の初年度売り上げは5億円超を見込んでいると聞きました。鮮魚店時代に比べ、20~30歳代の若い消費者が増えた、とも。

小規模専門店受難の時代に、これは驚くべき話だと思います。

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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