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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2019.05.31

Vol.45 さらば、護送船団方式:高松市

 

BONSAI
香川県高松市は盆栽の一大産地。全盛期には100軒を優に超える生産者が技術を競ってきたが、国内市場の縮小や後継者難などがあって、現在では100軒を割り込んでいるとみられる。そうした状況下、欧州での「BONSAI(盆栽)」人気に着目した生産者たちは、日本貿易振興機構(ジェトロ)のサポートのもと、2010年代に入ってから商品の輸出に乗り出している

 

輸出に活路を見いだした

今回は盆栽の話をしますが、実はわが家で盆栽を購入した記憶がないのです。お恥ずかしい。言い訳しますと、値段も結構しますし、何より都内の狭小住宅で暮らす身には、置き場所がない。育て方もいまひとつ分かりませんからね。

盆栽が国内市場で振るわなくなっているのは、恐らく似たような理由を多くの方が感じているからでしょう。あとは、盆栽って一部のシニア向けの趣味だという固定イメージがあるかもしれない。

市場が縮小するとどうなるか。これは他の業界と同じ話です。盆栽の栽培だけでは生産者は食べていけなくなります。その上、盆栽は商品として出荷できるまでに30年かかるのはザラで、中には100年超といった気の遠くなるものもあります。当然、後継者難という問題も、そうした中であらわになってきます。

松盆栽の全国シェア80%を占めるのが、香川県の高松です。そんな強い産地である高松ですらも、収入減と後継者難には悩まされています。かつて、その数3桁を誇った生産者も転廃業が相次ぎ、現在では100軒を割り込むところまで状況が厳しくなってきたといいます。

さあ、どうするのか。このまま地場産業が廃れていくのを待つだけなのか――。

そうではありませんでした。輸出に活路を見いだそうと動き始めたのです。2010年前後からその活動が始まっていますから、もう10年ほどの取り組みです。

それまでも、関東地方の盆栽輸出業者を通して、欧州などに(間接的ではありますが)売り込んできた経緯はあります。ただし、それでは生産者の側に立って捉えた場合に、いくつかのマイナス点が考えられます。

まず、輸出業者に委ねるばかりでは、海外でどんな盆栽が求められているのか、生産者たちは気付かないまま終わる恐れがある。市場動向を直接につかめないままとなりますからね。また、中間に輸出業者が入ると、これは当たり前ですが、最終的な価格は上がります。そして何より、輸出に対する生産者のモチベーションが上がるとは言えません。人任せなわけですから。

とはいえ、盆栽を育てることに力を集中させてきた生産者にすれば、いきなり輸出を始めようとしても、どこから手を付けていいか分からないでしょうし、その手間は途方もないものであるはず。

そうした中、取り組みのきっかけを提供したのは、日本貿易振興機構(ジェトロ)でした。高松市に拠点を置くジェトロ香川が、まずは旗振り役を務めたのです。

 

高松の温暖な気候などが松の生育に適している

高松の温暖な気候などが松の生育に適している

 

 

樹齢100年超という、圧倒的な存在感を放つ盆栽

樹齢100年超という、圧倒的な存在感を放つ盆栽

 

行動に出たのは十数軒

2009年、ジェトロ香川は県と共に欧州市場の調査を敢行します。その結果を踏まえた形で、欧州で盆栽を扱う企業を高松まで招きました。欧州から訪れたバイヤーたちを連れて、高松の生産者の所を巡ったのです。

そして2012年、生産者たちが直接の輸出に携わることを目指した任意団体を立ち上げます。欧州への輸出は同年、ドイツに向けて始まりました。その規模は400万円ほどだったといいます。

ここで重要なことがあります。直接輸出に踏み切ったのは、高松にある100弱の生産者のうち、十数軒です。割合にして2割を切っている。こんな厳しい状況下であれば、もっと多くの生産者が、輸出に活路を見いだしても不思議はないような気がしますが……。

「いえ、『みんなで一緒に』という護送船団方式ではなく、『この指とまれ』方式こそが大事です」

ジェトロ香川の担当者は、そう力説します。それはなぜか。

先に少し触れた通り、生産者が業者を介さずに輸出事業に乗り出すのには、相当なハードルがあるのです。ざっと挙げましょう。

まず、その栽培方法です。地上から50cm以上離した棚に鉢を置き、一鉢ごとに輸出用のタグをくくり付け、2年以上育てる必要があります。さらに年に6回、検疫官の立ち入り調査まで受けないといけない。つまり、輸出用の盆栽を育てるだけでも一苦労なのですね。ただし、これらは、業者を介した輸出でも同じことです。

ここからがまた大変。業者の手を借りない直接輸出の場合には、書類の作成ひとつ、生産者が自らやっていかねばなりません。ただでさえ後継者難であり、ベテラン職人の多い業界で、慣れない作業をするのがいかに負担か、想像に難くありませんね。

そこを支えるのが、ジェトロ香川の役割でした。輸出への意欲を見せた生産者に対して、書類作成を丁寧にサポートし続けました。そこが大きかったのです。

もはや「みんな一緒に」で足並みがそろうまで動きを止めていてはいけないのだと、私は思います。それぞれの生産者に事情があるわけですから、やれるところがやる、でいいのではないでしょうか。

 

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盆栽は出荷まで20~30年かかるのは当たり前の世界。職人の根気にかかっている(左)
一鉢ごとに輸出用のタグをくくり付けるという、手間のかかる仕事(右)

 

「BONSAI(盆栽)」人気

現地取材する中で、1人のベテラン生産者のもとを訪ねました。現在では国内販売と輸出の比率が6:4まできているといいますから、輸出に相当な力を注いでいる生産者ですね。

彼に言わせると、とりわけ欧州での「BONSAI(盆栽)人気」は、現在の国内では考えられないものだといいます。

「見本市では、若い世代、それも子どもに至るまで、興奮のまなざしで盆栽を見てくれています。人だかりができているのに、とても驚きました」(生産者)

そうした状況を、生産者である本人がその目で確かめたからこそ、輸出への意識がおのずと高まったそうです。こればかりは、直接その熱気に触れないと、分からなかったはずですよね。

最初は大変だったそうです。船便に乗せるコンテナ内はもちろん、欧州に届いた後の温度管理に関しても、事細かに検証し、欧州の業者にも管理方法を指定しないと枯れてしまいます。自ら説明を続け、何度かの輸出を繰り返した後、ようやく温度管理の問題が解消できたと聞きました。

盆栽の形自体は、あえて大きく変えていないそうです。万人が愛でてくれるものにするためには、あまり奇をてらったものは避けるべきとの判断がありました。ただし、盆栽のサイズだけは、やや小さめにしているようです。これもまた、より多くの人に購入してもらうための方策とのことでした。

 

盆栽を輸出するには、地表から50cm以上離した位置で2年以上育てる必要がある(左)栽培地番号が指定され、管理の下で栽培しないと輸出できない(右上)ジェトロ香川の職員と盆栽職人の打ち合わせ風景。ジェトロが書類作成までを支えている(右下)

盆栽を輸出するには、地表から50cm以上離した位置で2年以上育てる必要がある(左)栽培地番号が指定され、管理の下で栽培しないと輸出できない(右上)ジェトロ香川の職員と盆栽職人の打ち合わせ風景。ジェトロが書類作成までを支えている(右下)

 

明日につながる取り組み

この生産者は言います。

「ただ盆栽を作るだけではなくて、生産以外の部分にもエネルギーを割くようになりました」

私、これはとても重要な言葉だと思います。野菜や果物を作っている農家でも、「生産にだけ経営リソースを集中させていいのか」という疑問は、近年、彼ら本人の口からたびたび聞かれるからです。

つまり、いいものを作るのは当たり前。さらに、そのいいものの存在をどう伝えるのか、どう売っていくのかまでを、農家本人が考え、動くべきというのですね。

私はその考えに賛成です。ちょっと強い言い方をすれば「伝わっていないものは、存在していないのと一緒」と表現することもできます。であれば、伝える作業にも生産者は労力を割くべきです。

ジェトロ香川の担当者によりますと、この高松からの輸出プロジェクトは、まだまだ実績を伸ばせる余地があるといいます。

「手間はかかります。でも、この仕事を明日につなげるために希望は捨てません」(生産者)

そこに2019年2月、追い風が吹きました。日本と欧州連合(EU)が経済連携協定(EPA)を発効。これにより、例えば欧州のワインが日本国内で注目されています。関税が即時撤廃となって、値下げ効果が表れたためです。

実はこのEPAにより、盆栽の関税も撤廃となっています。ジェトロ香川の試算では、輸出のための輸送代相当が浮く格好になった。

この追い風をさらに生かし、欧州をはじめとする海外の家々を盆栽が当たり前に飾る時代になってほしいと思いましたね。

 

 

 

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