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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2018.11.30

Vol.39 今あるものを生かし切る:四万十市西土佐

 

返礼品の競争が過熱

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高知県 四万十市 西土佐
星空の街
環境省に「星空の街」と認定を受けた四万十市西土佐の空を、口径36cm反射望遠鏡「四万十スター」で眺める

 

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天文台のすぐそばには、美しい四万十川が流れる(左)
星空を専門のアテンダントが解説してくれる(右)

 

ふるさと納税の返礼品競争が過熱している件が、問題化しています。

総務省は返礼品の調達価格が寄付額の3割以下で、かつ地場産品を活用するよう通知してきました。それでも、自治体の中には反応が鈍いところもあるようです。特産品などほとんどないから、ふるさと納税の寄付金競争に負けてしまう、と。

今回の話は、地方行政の話になることを、お許しください。

各地の足元にある宝物をどう生かすか、そのためにはどう動くべきか。それを考えてみたくて、このテーマを選びました。

取材に訪れたのは、高知県四万十市の西土佐です。合併前は西土佐村でした。高知空港から車で2時間以上かかる場所。四万十川が流れ、川に寄り添うように山並みが広がっています。

美しい景色がそこにある。とはいうものの、万人に分かりやすいような観光資源があるとまでは言えません。挙げるとするならば、きれいな満天の星くらいか。いや、この星空こそが真の宝物でしょう。

西土佐は、四万十市のふるさと納税返礼品として、この星空を提供しているのです。

それは、どういうことか。

 

 

寄付金で建て直しを

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天文台スタッフが望遠鏡にカメラをくくり付け、好きな天体を撮影できるようお膳立てしてくれる

 

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美しい星雲をカメラに収めた。上手に撮れば、こんな感じで写せる。デジタル一眼レフは天文台が用意

 

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四万十天文台は小さくてかわいらしい外観。周囲には明かりがなく、天体観測に格好

 

ここ、四万十市の西土佐は、環境省から高知県でただひとつ「星空の街」に認定された地域。

そんな西土佐に四万十天文台が建てられたのは1990年。しかし設備の老朽化で、2012年にいったん閉館を余儀なくされます。

そこで四万十市は、ふるさと納税制度を使って、この天文台の復活を決断しました。望遠鏡の調達を含む、建て直しの費用は720万円。その全てを、ふるさと納税で賄い、2013年に2代目となる四万十天文台が完成しました。

四万十市の決断はまだあります。2代目の天文台完成と同時に、四万十天文台の運営は、第三セクターである「しまんと企画」に全面的に委ねられることになりました。

さらにこのタイミングで、天文台を管理でき、利用者を案内できるほどの知識を有するアテンダントが、1人採用されました。兵庫県姫路市の天文台に勤めていた女性を四万十市がスカウトして、第三セクターで勤務できるように動いた格好です。彼女は、それまでゆかりのなかった西土佐への移住を決断します。この第三セクターの社員となり、昼間は天文台すぐそばにあるホテル「星羅四万十」のフロントスタッフとして働いています。星羅四万十もまた、同じ第三セクターが運営しています。いわゆる公共の宿なのです。

これにより、どんな効果がもたらされたか。

2012年まで稼働していた初代の四万十天文台では、星羅四万十の宿泊客が「星を見てみたい」と要望しても、即時に対応できなかったといいます。3日前までの予約が必須、しかも1人での申し込みは受け付けていませんでした。2013年に第三セクターが運営するようになった後は、まずここを全面的に改めました。宿泊当日の申し込みでも、1人の申し込みでも、対応できるようにしたのです。

しかも、天文台の利用者が当日現れても、対応態勢は問題ない。天文台への案内や、星空を解説する役目を担うアテンダントの女性は、星羅四万十に常駐する形で勤務しているわけですからね。

つまりは、こういうことです。

老朽化した初代の四万十天文台をただ単に、ふるさと納税の寄付金を使って建て直しただけではなかった。四万十市は、すぐそばのホテルを運営する第三セクターに運営を任せるように仕組みを変えたほか、天文の専門家であるアテンダントを見いだして、第三セクターで雇用するところまで踏み込んだということ。

ハード面だけでなくソフト面をしっかり整備しなければ、ふるさと納税制度を使った、せっかくの設備投資が生かされないという判断だったわけですね。

 

 

貸し切りの天体撮影会

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天文台を運営管理している第三セクターによる「ホテル星羅四万十」は天文台のすぐそば。天文台を利用する客の大半は、このホテルの宿泊客だ

 

2017年、ふるさと納税の返礼品として何か提案はないかという四万十市側からの要請に対して、西土佐の第三セクターは、「2013年にふるさと納税で復活した西土佐天文台を舞台に、今度は新たな返礼品を用意したい」と提案します。

それは「天文台を1組貸し切り状態にして、天体撮影会を催す」というものでした。寄付金額は1万7000円以上という形です。

20時からの1時間は、一般参加者と一緒に天体観望会に参加。専門のアテンダントが星空の説明を続けてくれる。この観望会は、誰でも参加できます(一般参加なら大人1名510円)。

さらに、ふるさと納税で寄付をした人は、その後が待っています。21時からの40分間、1組だけ(2人まで)が貸し切れるのです。

アテンダントが、望遠鏡にデジタル一眼レフカメラをくくり付けてくれ、時間の限り好きなように星を撮影できるのです。

その間、アテンダントは、カメラのセッティングから、撮影を望む星への角度合わせまで、何から何まで、手取り足取りの作業を担います。そればかりか、この貸し切り状態で、天体のことを教えてくれる。なんとぜいたくな話か。撮影した画像は、SDカードに収めて渡されます。これは記念になりますね。

さて、ここで確認したい。この返礼品の原価はいくらか?

星羅四万十の支配人が計算してくれました。まず、アテンダントの人件費が3000円相当、SDカード代が数百円、天文台の利用コストはこれに関してはかからない(もともと設備維持のために、天文台の内部は常に空調を回しています)。となると、1万7000円の寄付に対して、コストは3000円台。つまり、原価は20%いくかどうかにとどまるのです。これだけ独自性のある返礼品であるにもかかわらず……。

アテンダントは断言します。

「貸し切りで観望会を催す天文台は、別の地域にもあります。でも、こうした撮影会まで1組限定で対応するのは、国内でここだけですよ」

 

 

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近隣にある道の駅(右)。写真左は、道の駅「よって西土佐」で購入した「四万十川天然鮎のコンフィ」

 

それでも効果はある

2017年の秋、四万十市のふるさと納税返礼品に加わった「天文台貸切天体撮影会」ですが、実はこれまでに申し込みがあったのはわずか2組。そのうち、すでに実行したのは1組だけといいます。

だったら、この返礼品の企画は空振りだったということ?

「決してそうではない」と、四万十市の担当者も、第三セクターのアテンダントも口をそろえます。

実際に申し込んでくれるかどうか以前に、四万十市のふるさと納税のサイトで、四万十天文台と美しい星空の存在を知ってもらうこと自体に意味がある、という話。

実際にすでに体験した1組は、若いカップルだったそう。

「ものすごく良かった。みんなに伝えたい」と繰り返し話していたといいます。たとえ数はまだ少なくても、西土佐に広がる星空の魅力も、そしてなにより、貸切天体撮影会の魅力も、十二分に伝わったという実感があった。

「ライバルは、強烈な存在感である四万十のウナギですよ」と、アテンダントは笑いながら指摘します。

確かに、取り寄せグルメなら自宅にいながら楽しめますが、こちらの天文台の案件は、西土佐までの移動費用も、ホテル宿泊費もかかります。それでも、数ある返礼品リストの中から、貸切天体撮影会を選んでくれた人が実際にいるわけですね。

伝え続けること。これが地方にとっては重要なことなのでしょう。

初代の四万十天文台の利用者は、年間140人でした。それが、第三セクターが運営を担った2代目天文台となってからは、利用者が急増。2017年度は1482人と、初代の10倍にもなりました。

今そこにあるものを生かす。

これはふるさと納税制度に限った話でも、公共施設の活用の話に限った話でもなく、地域の磨き方、その全てに通じる、重要な考え方ではないでしょうか。

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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