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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2018.07.31

Vol.35 最初の「座組み」が決め手:TurnTable(ターンテーブル)

 

これがアンテナショップ?

初夏のある夜のディナーコースから。生パスタにモンゴウイカ、ソースはフルーツトマト。コースは税込み5000円と8000円

初夏のある夜のディナーコースから。生パスタにモンゴウイカ、ソースはフルーツトマト。コースは税込み5000円と8000円

 

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「TurnTable(ターンテーブル)」は徳島県と民間事業者の連携プロジェクトから生まれた、同県の情報発信と交流の拠点。“裏渋谷”と呼ばれる東京都神泉町に、2018年2月にオープン。レストラン、バル、県産品を販売するマルシェ、そして全15室の宿泊用客室からなる、いわゆるオーベルジュ形式の施設。5階建てのビル1棟を丸ごとリノベーションし、開業した。一般的なアンテナショップとはまったく異なり、「徳島」をあえて前面に打ち出していないところがミソ
東京都渋谷区神泉町10-3
http://www.turntable.jp/

 

東京・渋谷と言えば、日本を代表する繁華街の一つと表現して差し支えないかと思います。この渋谷から10分ちょっと歩いた辺りに神泉というエリアがあるのですが、いま、ここは”裏渋谷”とも称され、注目を集めています。

中心部から結構離れているので、あえて意識して行かないと決してたどり着かないゾーンなのですが、飲食系をはじめとした渋い店が立ち並んでいます。

その一角に、今回取材してきた「TurnTable(ターンテーブル)」があります。2018年2月のオープン。細い路地に面しているので、それこそ、ここを目掛けて向かう人でない限り、まず発見できないような場所です。

築20年を超える5階建てのビル1棟をリノベーションした施設で、1階がバル(酒場)とマルシェ(野菜などを売っています)、2階がレストラン、上の階には全15室の客室があって宿泊できます。

つまり、都心にありながら、ここはオーベルジュ(宿泊できる部屋を備えたレストラン)なのですね。客室は1フロア丸々使えるスイートルームのほか、シングル、ツイン、さらにはドミトリー(2段ベッドがいくつも並ぶ客室で、複数の客が同一空間で滞在する)もあるという構成。

東京のど真ん中にオーベルジュか、これは面白いなあ、というのが最初の感想なのですが、実は、この施設、驚くべき点はもっとほかのところにあります。

ここ、徳島県が造った施設なんです。施設名にも、看板にも「徳島」の名はないのですけれど、建物の中に入ると、少しずつ少しずつ、徳島を発見することができる。レストランでは同県の食材をふんだんに使っていますし、バルで注文できるクラフトビールも同県の実力派ブルワリーの限定物です。インテリアにあしらわれている木材も、聞けば徳島産だし、壁に目を凝らせば、徳島の街や草木が描かれています。あとは、意外なところに「tokushima」の文字があったりと、芸が細かい。

大々的に徳島と謳っていないだけで、ここで過ごすうちに、徳島をいくつも発見できる。そんな仕掛けになっているわけです。考えなしに滞在すると、単純に、料理がおいしく、小洒落れたインテリアのオーベルジュという印象なのですが、そこがまたうまいというか、心憎い。

ここ数年、全国各地の自治体が、東京にアンテナショップを開業しています。地方創生の流れに沿った施策なのでしょう。共通するのは、銀座や日本橋などの一等地に立地し、何気なく歩いている人の目に触れるようにしていること。それと、県名や県産品あるいは地域の名所などを、これでもかというほどに全面アピールしている点です。

 

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3.エントランスの先にはバーカウンターがあり、その奥がテーブル席。1階は手軽に使えるバル
4.宿泊客向けのチェックインカウンター
5.レストランは2階。天然木のテーブルが目を引く
6.シェフはシドニー出身のジョーダン・マクラウド氏(右)。
 徳島の食材を中心に用い、シンプルで端正な料理を作り出す
7.初夏のディナーから。タイのカルパッチョには、みそやスダチの隠し味が
8.阿波牛にあしらうのはチミチュリのソース
9.県産の野菜を1階のマルシェで購入できる
10.茶や水産加工品などがマルシェに並ぶ

 

 

全てが異例の企画

そう考えると、この「ターンテーブル」が極めて異例の存在であることが、たちどころに分かると思います。人によっては、県の予算をつぎ込んで、本当に効果が得られるのかと訝しげに感じる向きもあるでしょうね。

県名が前面に出ていないし、人通りの多くない一見地味な場所にあるわけですからね。既存のアンテナショップの真逆だけに……。

実は異例な部分はまだあります。「ターンテーブル」は、官民連携のプロジェクトでもあるんです。

元締めは県の農林水産部。で、コンセプトワークや運営を担うのは、徳島のDIY工務店です。プロジェクト全体の責任者は渡辺トオル氏。そして飲食部門のプロデュースは、やはり徳島で飲食の仕事に携わる河田真知子さん。彼女は日本料理の実力店「かんだ」(東京都港区元麻布)の創設メンバーでもあります。

運営委託?指定管理?いやどちらでもないんです。「施設の転貸借」という手法を採用しています。

どういうことか。まず、県が施設整備費として2億3000万円を支出。そして開業した後は、やはり県がビルの賃料を負担しています。これが毎年5000万円。そして、民間チームの運営側が、黒字赤字にかかわらず、県に毎年2000万円を納入します。この額は固定ということ。つまり、開業後は県が年に3000万円の支出をすることになります。

運営する民間チームは、もうかれば、その分を次年度の施策に活用できますし、赤字ならその分をかぶるしかない、という仕組み。

 

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1.朝食は宿泊客だけでなく、イートインでも利用可(税込み1080円)。
 ご飯に乗せると抜群の甘みが膨らむ徳島産の生卵を提供している
2.やはり徳島から運ばれたサバ缶が思いの外おいしい
3.徳島の野菜やフィッシュカツ(すり身のフライ)もビュッフェワゴンに
4.宿泊用のシングルルームは1万円強
5.インバウンドの客が多く宿泊しているドミトリーは6000円台から利用できる
6.スイートルームは1フロアまるまる使える空間
7.スイートルームは最上階の5階にあり、広いテラスをしつらえている
8.スイートルームにはダイニングも
9.宿泊フロアのパブリック(共用)スペース

 

 

座組みが大事な理由

これ、運営側には緊張感のある方法だと私には感じられます。確かにこれまた異例の手法です。県内メディアからは「民間がもうけるのを県が助けるのか」という声も上がったとは聞きますが、そうじゃないでしょう、と私は思います。民間のノウハウを尊重し、リスクをそれぞれが背負うには、この方策はアリ、と感じますね。

私、過去にいくつもの官民連携プロジェクトをこの目で見てきましたが、責任体制が曖昧なために、立ち上げ早々に瓦解した事例があったりしますから。「ターンテーブル」の手法はある意味正しい。

実際、地味な場所にありながら、反響は徐々に高まっているようです。レストランの客単価は8000?1万円で推移。また、客室の稼働率は、開業月の2月こそ49.8%でしたが、4月には77.2%まで上昇。これは大健闘の部類でしょう。

なぜ、こうした滑り出しを果たせたのか。私は最初の「座組み」が良かったからだと推察します。

座組みとは、次のような3つの約束を交わす作業です。

1.何を達成するかの約束
2.達成するための予算の約束
3.誰が何の責任を持って進めるかの約束

官民連携プロジェクトでは得てして、最初になすべきはずの座組みを怠るケースが多い、というのが私の印象です。ここが甘くなると、プロジェクトが瓦解する恐れが高まります。

「ターンテーブル」の場合、県と民間の責任体制の明確化がなされています。費用分担ひとつとってもそう。また、私自身、これは意味が大きいなあと感じたのは、プロジェクト責任者の渡辺氏と県の担当者が直接にパートナーシップを組んで、渡辺氏の下に飲食部門の河田さんが付く、という構図ではないというところです。運営のコアチームに渡辺氏だけでなく河田さんも入っている。だから、コミュニケーションに齟齬が出にくい。

私が知る、ある地方の官民連携案件の例では、キーコンセプトの策定から、具体的なマーチャンダイジング(商品戦略)までを担い続けた民間事業者が、行政側からは大手広告代理店の下請け業者と位置付けられ、開業後に「そもそも行政との契約関係は存在しない」との理由からほごにされたという話もありました。「ターンテーブル」の場合には、そういった恐れはまずない陣容になっています。

 

 

説明力が問われる時代

最後に、県の担当者のコメント、そして渡辺氏のコメントを紹介しましょう。

県の担当である、農林水産部もうかるブランド推進課の山本憲課長補佐は、こう言います。

「他県と同じことをしても埋没しがち。ここは挑むしかないんです」

しかし、よくこのようなコンセプトで予算が通りましたね。

「県職員に、今求められているのは、『説明力』『想像力』『創造力』と思います。この施設の意義をいかに伝え続け、民間事業者と一緒に想像力と創造力を働かせるか。それに尽きます」(山本氏)

民間コンサルタントなどに任せきりにせず、職員自身が考え動くことで、民間の力をむしろ生かせるということでしょう。

運営全体を担う渡辺氏もまた「挑む」という言葉を使います。

「プロジェクトを不安視する声が届かないわけではない。しかし、それは『新しいことに挑んでいる証し』と受け止めています」(渡辺氏)

モノを通して地域を売り込むのではなくて、(ここで時間を過ごすという)経験から地域を知ってもらう、というのが、渡辺氏の考え。確かにその方が、今の時代、人の心に刺さると、私も同意します。

現在、自治体によるアンテナショップは年に数千万円?1億円の赤字のところが多いといわれています。そうした中、徳島の「ターンテーブル」は注目に値するのではないでしょうか。開業した後の県の支出は年3000万円の固定で、かつ、民間の能力を引き出す体制を約束する、そんな座組みですからね。

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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