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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2018.06.29

Vol.34 こんな時代なのだから:ジョージ

 

5月上旬に、東京・千代田区の貝印本社の一角で催された「スゴパパ工場@貝印?パパが砥いだ包丁はよく切れる!?」の風景。子育て中の男性が対象のイベントで、この夜は14人が参加。それぞれが持ち寄った包丁を使い、貝印のスタッフから研ぎ方を学んだ。このイベントシリーズを企画するのは、東京の株式会社ジョージ。兼業主夫兼放送作家の杉山錠士氏が今年設立した会社で、「家庭円満から社会円満へ」が社業のテーマ
http://www.george-sugiyama.com/

 

 

 

平日の夜にパパが集う

5月上旬の平日夜。東京の秋葉原駅から少し歩いた所にあるビルに、子育て中の男性たちが1人、また1人と、集まってきました。

ここは、大手刃物メーカーである貝印の本社ビルです。この夜は「スゴパパ工場@貝印~パパが砥いだ包丁はよく切れる!~」と題した教室が開かれたのでした。


貝印が共催するイベントですが、企画、運営は、株式会社ジョージという会社です。放送作家として活躍している杉山錠士氏がその代表を務め、杉山氏自身もまた、パパとして家事や子育てに邁進しているといいます。


この「スゴパパ工場」というイベントは、今回の包丁研ぎ教室に限らず、その他にも興味深いテーマで催されています。例えば「デカ肉を上手く焼く」「ホットプレートで広島お好み焼きを作る」といった具合。確かに、妻や子どもたちの前でそうした技を披露すれば、これは自慢できそうです。


ただ、ここで思うわけです。


こうしたパパ向けの啓蒙活動やイベント開催を巡っては、小さな集まりで言えばPTAのパパ会がありますし、知名度のあるNPO法人も奮闘しています。イクメンという言葉も定着しましたし、社会全般での認知度も高まりつつある気もします。
なぜ起業する必要があったのか。

杉山氏に聞いてみたら、「起業したからこそできることがある」という答えが返ってきました。

 

 

起業する意義はいくつも

杉山氏がまず指摘するのは「大手企業は、パパたちにアプローチしたい。でも、その思いとは裏腹に、アプローチの手立てをあまり持っていない」という点です。

ママ向けのアプローチに関するノウハウであれば、大手企業はすでに構築できています。しかし、その一方で、パパ向けは遅れている。


放送作家生活20年の杉山氏は近年、個人の活動として「パパの子育て」をテーマに、自治体や両親学級などでの講演を続けたり、パパ向けイベントを催してきました。


つまり「私自身のストロングポイントと企業の求めるものが、実は合致していることに気付いた」のだそう。


杉山氏が続けてきた個人的活動が、実は企業のニーズにかなっていたということですね。


ここで気になるのは、なぜ杉山氏は、そんな活動に携わっていたのかという点。自身の経験から彼は言います。「男性が家事育児をしていると、どうも世間からの目に違和感を覚える。どうして『逆転夫婦』などと表現されるのか、という話です。
男性が主夫の役目を果たしてもいいはず、との思いを伝え、世間の目を和らげたかった」

活動を通し、より多くの人に思いを伝え続けるには、「ビジネスとして、しっかり成立することをせねば」と思い立ったそうです。お金にはならないけれどもパパにいいことをなす、というのではなくて、きちんと持続する形を取りたかった。先細りでは、元も子もないでしょうから。そのために起業は必然、ということになりますね。


杉山氏はこうも話します。


「個人でパパ向けの活動を続けてきたわけですが、実際、先細りに陥りそうな気配を感じ始めて、このままではいけない、と気付きました」


好きな人同士で、わずかなお金を持ち寄って活動すると、当然限界が出てきます。しかも、好きな人同士の間でしか活動しないから、決して広がりは出ない。


こうした問題を打破するための起業でしたが、それにより、メリットも生まれました。


冒頭で触れたイベントのように、いわゆる“社対社”の折衝、つまり大手企業との連携模索が容易になった。先ほどお話ししましたように、少なからぬ大手企業がパパへのアプローチに頭を悩ませている状況下において、パパ系イベントでの訴求法を得意とする企業との連携は、ありがたい話に違いありません。


連携相手が個人や任意団体の場合には、大手企業は二の足を踏みかねませんが、企業であれば連携へのハードルは下がります。

 

 

目標達成426%に

ただし、いくらパパ系イベントの蓄積や各種講演の実績があったとしても、大手企業がすぐに振り向くとは限りません。

ジョージは、設立に伴い業績づくりに着手しました。それは「パパのツナギ」の製作でした。子育てするパパが着用するのに好適な、デザインにも機能にも秀でたツナギを作ろうという試みです。


もともとは杉山氏が加わっている、パパたちの任意集団の中から生まれたアイデアだったといいますが、その製作体制における責任をジョージが担う形にしました。


ツナギを実際に製作してもらうパートナーとしては、ツナギ作り40年という広島県の職人と連携することがかない、この春、クラウドファンディング大手のMakuake(マクアケ)で支援金を募りました。支援のリターンはもちろん、パパのツナギそのもので1万6800円(税込み)。当初の目標は30万円を集めることでしたが、本音では50着分の支援が来れば、という思いだったそうです。


周囲からは「本当にそこまで支援を集められるのか」という心配の声も上がっていたそうですが、実際には30万円を即クリア、最初の1週間で約100万円を集め、最終的には期限となる5月上旬までに127万8000円まで、支援金額を伸ばしました。これは当初目標の426%にも上ります。


もちろん、知人友人のパパたちに声を掛け続けた効果もあるでしょうが、実際のところ、クラウドファンディングにかけた当初から、知り合いではない第三者からの支援も相次いだらしい。そうでないと、ここまでの金額は集まらないですよね。

この「パパのツナギ」は、クラウドファンディングでは1万6800円(税込み)で、今後の一般発売時の予価は1万7800円(同)。製作を担うのは広島県の松川繊維。ポケットの容量が大きく、ストレッチ生地で着心地がいいのが特長

この「パパのツナギ」は、クラウドファンディングでは1万6800円(税込み)で、今後の一般発売時の予価は1万7800円(同)。製作を担うのは広島県の松川繊維。ポケットの容量が大きく、ストレッチ生地で着心地がいいのが特長

 

 

パパの輪を広げる

何が効いたのか。2つの理由が考えられます。

1つは、クラウドファンディングでの告知画像や説明文を通して、パパのツナギのコンセプトや機能性が十分に伝わったこと。これ、意外と見過ごされがちな要素です。いいものを作れば反響があると思い込まずに、伝える作業を大事にしている印象です。


その結果、杉山氏に言わせると「『パパに頑張ってほしい』と考えている人々からの共感を得られた」。
単におもしろい企画、というだけではなく、「『このツナギが広がれば、もしかすると、これを契機にパパの立ち位置が変わるかも』と直感的に考えてくれる人たちが多かった」

それともう1つ。企画力にとどまらず、モノが良かったのでしょうね。
パパのツナギの原価率は50%と聞きました。これ、この手の商品としては異例なほどに高いんです。普通なら30%程度でしょう。原価率を高めることに躊躇しなかったから、いいデニムを使えたし、機能もたくさん盛り込めたわけです。

ただし、そこには計算もあったはずで、やみくもに原価率を高めたのではないと私はみています。アパレル系の商品の価格設定は、得てして、発売からそうたたない時期にセール価格まで値段を落とすことを見越してなされます。安売りするのを最初から想定しているのですね。


しかし、このツナギは、そのコンセプトを考えれば、おそらく、やすやすとは陳腐化しない。つまり、発売早々に値下げをする必要はさほどないということです。だから、原価を相応にかけていい。


このあたりがまた、うまい考えだと私は思いましたね。


杉山氏は言います。


「現在、手掛けている案件は、まだプレリュード(前奏)です。大手企業はもちろんのこと、すでに存在するパパ集団も弊社に声を掛けてくれれば、コミュニティーは広がる」


地上戦(地道なイベント開催)と、空中戦(メディア戦略)の双方をなしていくのは、放送作家である杉山氏の得意なところだと感じます。


パパをテーマとする起業、クラウドファンディングの活用、そしてごくごく小さな会社と大手企業との協業……。どれもが、この時代だからこその話、とも言えるでしょうね。さらなる成功を祈ります。

株式会社ジョージが、老舗メーカーの職人と協業して企画、製作した「パパのツナギ」。クラウドファンディング大手のマクアケで支援を募ったところ、目標金額の30万円を超え、1週間で約100万円に。最終的には目標426%となる127万8000円の支援を集めた

株式会社ジョージが、老舗メーカーの職人と協業して企画、製作した「パパのツナギ」。クラウドファンディング大手のマクアケで支援を募ったところ、目標金額の30万円を超え、1週間で約100万円に。最終的には目標426%となる127万8000円の支援を集めた

 

 

 

 

Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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