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【メソッド】

旗を掲げる! 地方企業の商機

「日経トレンディ」元編集長で商品ジャーナリストの北村森氏が、地方企業のヒット商品や、自治体の取り組みなどをご紹介します。
メソッド2017.12.26

Vol.28 巨大市場なき分野を攻める:WHILL

日本のEVは大丈夫?
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日本の電気自動車(EV)の世界が、これからどうなるのか、とても難しい部分がありますね。先日、マーケティングを研究する先輩と話す機会がありました。

電気自動車を巡るルール作りは、このままいくと欧州勢が鍵を握る可能性があります。一方、米国は自動車メーカー以外のIT企業(例えばGoogle)が、まさにロボットといえそうな自動運転の電気自動車で覇権を取ろうと動いています。中国やインドは、恐らく値段の安い電気自動車を大量に普及させようとしてくるでしょう。すでに中国は、EV生産の大きな拠点を確立しているとも聞きます。

となると、日本の電気自動車は、どこを攻めるべきか。

「日本の得意分野を考えると、軽自動車的な存在と電動車いすの間を攻める、という手があるかもしれない」と、先輩は指摘してくれました。なるほどと思いましたね。2人で話しながら、うなずき合いました。

そのような会話を踏まえて、2017年10月下旬に開幕した「東京モーターショー」の会場を訪れたわけですが……。まさに、というものが展示されていました。

横浜市のベンチャー企業であるWHILL(ウィル)のブースにあったのは、やけに格好いい電動車いすです。このベンチャー企業、2014年に電動車いすの第1号機を99万5000円(非課税)で登場させていましたが、17年夏に、その本格普及版といえる45万円(非課税)の電動車いすの出荷を開始しました。ブースには、ピンク、ゴールドといったカラフルなフレームが目を引くモデルが並んでいました。カラーリングは6色。「こんなにカラフルな車いすは他にないはず」と、WHILLの広報担当者も笑っていました。

写真をご覧ください。どうですか。先鋭的なメカっぽさがインパクト十分ですし、私にはスタイリッシュなデザインに見えます。

 

2017年の東京モーターショーに出品されたWHILLの『Model C』。電動車いすとしては極めて珍しい華やかなカラーリングで「乗りたい車いす」を目指したという。このモデルは17 年夏に出荷開始、納品まで数カ月待つほど人気。価格は45万円(非課税対象) https://whill.jp/

2017年の東京モーターショーに出品されたWHILLの『Model C』。電動車いすとしては極めて珍しい華やかなカラーリングで「乗りたい車いす」を目指したという。このモデルは17 年夏に出荷開始、納品まで数カ月待つほど人気。価格は45万円(非課税対象)
https://whill.jp/

 

 

叱責を受けて奮闘
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WHILLが設立される前の勉強会時代のひとコマ

WHILLが設立される前の勉強会時代のひとコマ

 

それにしても、どうして、東京モーターショーに電動車いす?

WHILLは日産自動車のデザイナー、ソニーのエンジニア、それとオリンパスの医療機器担当者たちが集まって、独立し、立ち上げたのだといいます。

最初、担当者らはそれぞれの企業に勤めていた状態で、勉強会を週末に開いていたそうです。ある時、車いすが必要な人から「100m先のコンビニエンスストアに行くのも諦める」という声を聞きました。理由は「物理的バリア」(=道に段差や悪路がある)と、「心理的バリア」(=車いすに乗っているのを人に見られたくない)でした。

ならば、段差をモノともせず、しかも進んで乗りたくなるようなデザインの車いすがあればいいじゃないか、となった。そして、その勉強会が2011年の東京モーターショーに試作モデルを出品しました。反響も大きかったそうです。

ところが……ある既存の車いすメーカーに話を持って行ったら「今すぐこんなことはやめろ!」と一喝されたというのです。

なぜか。「自分たちで製品化してちゃんと売っていくつもりがないなら、車いすを使っている人に夢を見させるだけだろう。それは残酷だ」という叱責でした。

その言葉を受けて勉強会メンバーが独立し、本気でベンチャー企業を立ち上げたわけです。

今回の東京モーターショーに出品されていた『Model C』は、デザインのみならず、機能面もなかなかのものです。段差は5cmまで大丈夫。速度は最高で時速6km(これは既存の電動車いすと同じで、歩行者だと法的に見なされるギリギリの速度です)。

実際に乗ってみると、スイスイ走ります。そして、右側の肘掛けにあるマウスを使って、直感的に進む・曲がる・止まる・バックするという操作が可能。確かにこれは「乗ってみたい車いす」です。すごく滑らかに動く。で、車いす本体に通信システムを備えていて(これは日本で初めて)、例えば使う人の家族に、車いすの状態やバッテリー残量を伝えてくれるとのこと。また、5時間の充電で16km走れるといいますから、実使用上、問題はなさそうです。

東京モーターショーの会場で、実際に『Model C』を操ってみた。肘掛けの左側には、電池残量の表示、速度設定のスイッチがある。右側にはマウス状の操作スイッチ。操作すると、実に直感的に反応してくれ、走行も滑らか。完成度はかなり高い。前輪が大径かつグリップ力のある構造で、道路の段差は5cmまで乗り越えられる

東京モーターショーの会場で、実際に『Model C』を操ってみた。肘掛けの左側には、電池残量の表示、速度設定のスイッチがある。右側にはマウス状の操作スイッチ。操作すると、実に直感的に反応してくれ、走行も滑らか。完成度はかなり高い。前輪が大径かつグリップ力のある構造で、道路の段差は5cmまで乗り越えられる

 

 

超個人的なEV

私は思いました。この電動車いす、単なる車いすというより、パーソナルな電気自動車と表現するのにピッタリではないか。

「ラスト1マイル」という言葉があります。人にとって移動するのが困難な“目的地までの最後の道のり”をどう助けるか。この車いす、まさにその「ラスト1マイル」のための1台といえるでしょう。実際、WHILLのスタッフも、その「ラスト1マイルに責任を持ちたい」と強調していました。

日本の電動車いすの市場は、年間2万台程度しかないそうです。だから大手どころが先進的なモデルを出してこないのかもしれませんが、市場規模が小さいのは、魅力的な1台がなかったからとも考えられます。その意味でもこの電動車いすには、可能性を感じます。実際、東京モーターショーのWHILLブースには、網走に住んでいる消費者も駆け付けたと聞きます。潜在的なニーズは計り知れないのではないかと思わせる話です。

ちなみに米国では、電動車いすのニーズが日本の40倍もの規模ともいわれています。

WHILLは米国シリコンバレーにも拠点を設けており(現在、WHILLの本社はそちらです)、当然のことながら、米国市場での展開をすでに視野に入れています。2014年に第1号機として発売した『Model A』は、日本円にして99万5000円という高価格ながらすでに1000台売れており、日米の販売比率では、米国の方が多い数字をたたき出しているそうです。

 

 

まさに「旗を掲げた」

この連載のタイトルは「旗を掲げる」ですね。私はいつも感じているのですが、「その商品ジャンルがどうあるべきか」という旗を掲げてこそ、中堅・中小企業の手から意外なまでのヒット商品が生まれるのではないでしょうか。

市場の分析や販売数量の予測を立て、成算があるかどうかの見極めを成すことは、もちろん大事です。とはいえ、今回取り上げた電動車いすの場合、ただ単に現存の市場規模を見ているだけでは、決して生み出せなかった商品であると思います。「いい商品が存在しないから、市場規模が小さいままなのだ」という仮説も成り立つということですね。

電動車いすに限らず、例えば家電製品の世界、生活雑貨の世界を見渡しても、中堅・中小企業の意欲作が市場規模を押し上げたという事例は、実際、枚挙にいとまがありません。1つだけ例を挙げるなら、福島県の山本電気が売り出した『マルチスピードミキサー マスターカット』というフードプロセッサーなど、まさにその代表格です。日本の市場ではフードプロセッサーの需要がさほどない、とされているところに果敢に斬り込んで、今や、フードプロセッサーの大ヒット作に育っています。大手メーカーがおざなりにしていた機能面の難点を、丁寧につぶしていった意欲作だからこそのヒットでしょう。

それと同じことです。電動車いすとはどうあるべきか、今の商品に何が足りないのか、そこを掘り下げて考えに考え抜いたからこそ、WHILLの商品は注目を浴びているのだと思います。

WHILLのModel C、今オーダーしても、納品は数カ月待ちだそう。まるで、車の人気ニューモデルの納車待ちを思わせるような話ですね。

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写真1枚目は試作モデル第1号。 写真2枚目は、WHILLとして初めての市販モデルである『Model A』。2014年に発売したフラッグシップ的存在で、価格は99万5000円(非課税)。

 

そして写真3枚目が、『Model C』。普及価格帯であり、一気に普及することを目指しているという

そして写真3枚目が、『Model C』。普及価格帯であり、一気に普及することを目指しているという

 

 

 

 

 


Profile
北村 森Mori Kitamura
1966年富山県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。「日経トレンディ」編集長を経て2008年に独立。製品・サービスの評価、消費トレンドの分析を専門領域とする一方で、数々の地域おこしプロジェクトにも参画する。その他、日本経済新聞社やANAとの協業、特許庁地域団体商標海外展開支援事業技術審査委員など。サイバー大学IT総合学部教授(商品企画論)。
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