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【メソッド】

ドイツ人はなぜ毎年150日休み、 1日10時間未満の労働でも会社が回るのか

ドイツ在住ジャーナリストである熊谷徹氏による連載。労働時間が短く生産性の高いドイツの働き方を紹介しています。
メソッド2019.01.31

最終回 ドイツ流の働き方から学ぶ、「働き方改革」へのヒント

ドイツのビジネスパーソンの休暇は長く、そして労働時間は短い。労働に割く時間が短いのに、なぜ経済がきちんと回っているのか。そこには効率的な働き方があった。これまで紹介してきたドイツ流の働き方を振り返りながら、日本のビジネスパーソンにも取り入れられそうな考え方や方法をまとめたい。

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「働き方改革」を実現するために

日本では2019年4月施行の「働き方改革関連法」を巡り、各企業でさまざまな議論が展開されている。働き方改革を実現させるためには「頑張る」だけではなく、具体的な行動を個人レベルで理解し、取り組む必要があるだろう。

ドイツ語には日本語の「頑張る」に直接相当する言葉がない。ドイツの会社ではどんなに忙しくても、1日の労働時間を10時間以内に抑えて退社しなくてはならない。また、大半のドイツ企業はバックオフィスなど間接部門も含めて、勤務評定に基づく点数制を導入している。同じ成果を上げた場合、残業時間が少ない人の方が多い人よりも評価される。日本では成果が出なくても過程を褒めるような人がいるが、ドイツではあり得ない。この国では成果が出ない場合には、そのために費やされた労働時間は無駄と見なされる。

これまで本連載で述べてきたように、ドイツでは効率性が非常に重視される。ドイツのビジネスパーソンの働き方のポイントを、時間の使い方、休日、体調管理、詳細な仕事術の観点からあらためて紹介したい。残業や非効率的な働き方に悩む読者や、読者の企業で働く社員の一助となればうれしい。

時間の使い方

ドイツのビジネスパーソンは、自分に与えられている権限の中で決められることは上司や同僚と相談せずに決定する。上司にいちいち許可を仰いでいたら、決定のためにかかる時間が不必要に長くなる。上司も、部下がその権限の中で行う決定については全幅の信頼を寄せて、任せてしまう。細かく報告を求めない。こうすれば上司も部下も互いに時間を節約できる。

ドイツの企業は、一度権限を与えたらその人物が権限や規則から逸脱しない限り、自由に仕事をやらせる。このように、仕事を行う上で第一に時間を意識しているのがドイツのビジネスパーソンの特徴だ。

他にも、早く退社できるように昼休みは30分前後にとどめたり、9時から17時の間は、タバコを吸ったりコーヒーを飲んだりする休憩や無駄話を極力減らして仕事に集中するなど、なるべく早く退社できるよう努力している。残業に悩む人は、自分の働く時間について一度振り返り、無駄を省けないか検討してみてはどうか。

 

 

 

長期休暇を取得する

ドイツのビジネスパーソンは長期休暇中に会社のメールは読まない。会社のメールを読んでいると、休暇の良さを満喫できず中途半端になるからだ。休暇中に会社のことを忘れられれば気分転換でき、次に出社した時に気分がリフレッシュされ、あらためて会社でのやる気が高まるだろう。しっかり休むことで、自身のやる気を取り戻すのだ。

休みを取って仕事から離れることに不安を覚える人がいるかもしれないが、効率よく働くためには休むことが重要なのは本連載で何度もお伝えした。もし、会社から与えられた1年当たりの有給休暇の日数が14日間ならば、思い切って14日間全部消化してみてはどうか。一度に全てを消化せず、何回かに分けて消化するところから始めてもよいだろう。

長期間休む場合には、いくつかポイントがある。まず、自分に代わって顧客からの問い合わせに答えてくれる同僚を決めること。また、顧客の不満を和らげるためにも、顧客に対して休暇を取ることを伝えて、その間に業務を担当する同僚の名前、電話番号、メールアドレスを教えておきたい。当然、自分の代わりになってくれる同僚への業務引き継ぎは重要だ。

私は2カ月の育児休暇を取った営業パーソン(男性)を知っているが、顧客への周知と同僚への引き継ぎをしっかりと行ったことで、育児休暇中に問題は生じなかった。社内・社外コミュニケーションが大事である。

また、長期休暇は課の全員が交代で取れるようにすることが重要だ。さもなければ、不公平感が生まれる。誰もがまとまった休みを取れるようにするには、日頃から自分の仕事を自分だけで抱え込まずに、他の同僚たちと共有することが不可欠である。自分がいない間に顧客から問い合わせがあったときに、他の同僚が書類を見て顧客に返答しなくてはならないからだ。

会社のサーバーに全ての課員がアクセスできる共有フォルダを作り、誰が見てもすぐに業務を担当できるようにする。こうしたフォルダがあれば、顧客からの問い合わせに担当者以外の人でも答えられる。自分が担当した案件に関する書類は、必ずこのフォルダに入れることを義務付ける。本人しかアクセスできないフォルダは、原則として禁止する。紙の書類もスキャンしてこのフォルダに入れる。クラウド・サーバーを使えば、出張先からもアクセスできるので、なお良い。課員全員がアクセスできる共有フォルダは、課の全員が長期休暇を交代で取れるようにするための前提条件だ。

フォルダは、年度や件名によって分類し、誰でもすぐに書類を見つけられるようにする。読者の皆さんにも経験があると思うが、書類を見つけるのはかなり面倒で時間がかかる作業だ。その点、ドイツのファイリングシステムはコンピューターが普及していなかった時代から効率的で、アルファベット順に書類を分類するので、膨大な文書の中から比較的短時間で書類を見つけることができた。フォルダの構成はできるだけ単純にし、複雑な構成を避けたい。

 

 

 

最大のパフォーマンスを引き出す体調管理

ドイツのビジネスパーソンは自分の心身に敏感だ。全ては自己の最大のパフォーマンスを引き出し、効率よく仕事をするためである。例えば、繁忙期でも1週間に1度は早い時間に退社して、仕事とは全く関係のない活動を行う。そうすることで、気分転換を行うのだ。社外で仕事以外のアポを多くとれば、思い切って早く退社する理由にもなる。

会社で働くだけが人生ではないのだ。自分が会社で元気に仕事をできる裏には、家族の支援もある。従って、退社時間を早めて、家族を大切にすることも重要だ。

他にも、昼食後は集中度が午前中に比べて下がるため、重要で複雑な課題は集中度が高い午前中に処理したり、生活リズムを朝型に変更したり、1日を有効に使う。なお、早朝のオフィスは人が少なく静かである上に、顧客からの電話や社内の問い合わせの数が比較的少ないので、集中して仕事を片付ける環境が整いやすい。もちろん、朝が苦手な人もいるだろう。それぞれに合った方法を選ぶべきである。ただし、いずれも長時間勤務は仕事の能率を低下させることを意識してほしい。

生活のリズムを変えることは、家族の理解を得なくてはいけない場合もあり、なかなかすぐには実行に移しにくいかもしれない。比較的取り入れやすい方法は、どんなに忙しくても1日の労働時間が10時間を超えそうになったら退社することだろう。10時間以上働くと能率が下がって、ミスの危険も増える。上司が職場に残っていても、気にしてはいけない。日本人は律儀なので、上司より先に退社することへ抵抗のある人もいるかもしれないが、「上司は私よりも給料が高いのだから、私よりも長く働くのは当然」と自分に言い聞かせれば、上司よりも先に帰ることについて良心の呵責は抱かなくて済むだろう。

イノベーションに関するアンケート結果
※複数回答

資料=DZ銀行がドイツの中小企業を対象に行った意識調査(2018年9月発表)※複数回答

資料=DZ銀行がドイツの中小企業を対象に行った意識調査(2018年9月発表)

労働者1人当たりが生み出したGDP(国内総生産)

資料=ドイツ連邦統計局

資料=ドイツ連邦統計局

 

 

 

すぐにでも実践したいドイツ流仕事術

これまで紹介してきた方法以外にも、私が思う日本企業でも取り入れてほしい仕事術を紹介したい。

まず、個人で行うものとしては、メールを簡素化させること。日本人のメールは長い。通常、1通のメールを読んで答えを書くには5分ほどかかる。そのようなメールを12本処理するだけで、1時間かかってしまう。メールの送り先の数は、最小限にとどめ、どうしても必要だと思われる場合を除き、CCをやめてはどうか。

ドイツ人の管理職の間には、自分の部下や上司からのメール以外は読まずに放置している人が多い。繁忙時には重要度が低いメールを読まず、業務が暇になった時にまとめて読む人もいる。社内の問い合わせなどの場合はメールで返答せず、口頭で済む連絡は電話などで済ませている。メール以外でも、出張報告書や打ち合わせのメモなども、最も重要な内容だけを簡潔に記し、長さは1ページ以内にとどめたい。

2つ目はリストの活用である。退社する時には、次の日に達成するべき課題を、箇条書きにして自分の机の上に置いておく。すると、翌日出社してきた時に、何を仕上げればよいか一目瞭然で分かる。その日は、課題リストに記した事柄だけに集中する。課題をやり終えたら、線を引いて消す。仕事が進んでいることが「見える化」されるので、気持ちが良い。リストに記した事柄を処理できたら、さっさと退社する。明日に処理できることを、無理に今日やらないのが、ドイツ流の働き方だ。この国の伝統的な仕事術の基本である。

課題リストには、ただ課題を書き込むだけでなく優先順位を付けたい。まず顧客の問い合わせを最優先で処理する。理想的には、顧客の問い合わせには24時間以内で回答するようにしたい。

これに対し、社内の問い合わせメールの優先順位を低くし、対応は後回しにする。繁忙時には、意味がないと思われる社内の問い合わせは、無視する。社内からの問い合わせへの回答が遅いことを上司や同僚から批判されても、「顧客からの問い合わせを優先していた」と言えば、理解は得られるだろう。

3つ目は、特定の仕事を仕上げなくてはならない時には、電話がかかってきても出ない。最優先で仕上げるべき仕事がある時には、同僚と共有している自分のスケジュールへ、終日「ビジー(多忙)」だとマークする。そうすれば、他の人が打ち合わせなどの予定を入れられないだろう。

組織やチームで取り入れてほしいのは、会議時間を短くすることだ。ドイツ人は長いミーティングを嫌う。打ち合わせや会議は、どんなに長くても1時間以内で終える。事前に会議の議題を書き出して全員で共有し、てきぱきと議題を片付ける。会議時間を短くするだけでなく、回数も減らすべきである。社内の打ち合わせが多すぎると、特定の仕事に集中できない。全く社内の打ち合わせがない週を、月に1回ほど設けたい。

ドイツのビジネスパーソンは、口頭やメールを問わず、上司や同僚への報告・連絡・相談を最小限に済ませているが、日本で同じことを行おうとすると、「あいつは協調性や社会性がないやつだ」という批判を浴びるかもしれない。少なくとも自分が属する部や課の上司や同僚に説明して、理解を得る必要がある。

ドイツのビジネスパーソンの働き方を知ると、タイムマネジメント(時間管理)をいかに重視しているか、お分かりいただけるだろう。1日10時間で成果を生むにはあえて切り捨てる物も多くなる。使える時間が限られているのだから、顧客とのビジネスに直結する課題を最優先にして、社内の問い合わせなど優先順位が低い仕事は後回しにする割り切りが必要だ。それによって、重要な課題に集中するための時間的余裕ができる。

この割り切りができないと、10時間以内で仕事の成果を生むことは難しい。効率を最重視するドイツ人たちは、毎日冷徹にこの「切り捨て」を行いながら、最も重要な課題に時間とエネルギーを振り向けている。

もちろん、日本ではドイツと企業文化が異なるので、ドイツ人のように無情な切り捨てを完全に実行する必要はない。しかし残業時間を減らしながら成果を挙げるには、ドイツ人の働き方の秘訣の中から自分が気に入ったものを日本流に改良し、トライしてみる価値はあるだろう。

 

 

Profile
熊谷 徹Kumagai Toru
1959年東京生まれ。早稲田大学卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツに在住。『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)など著書多数。
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