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【メソッド】

ドイツ人はなぜ毎年150日休み、 1日10時間未満の労働でも会社が回るのか

ドイツ在住ジャーナリストである熊谷徹氏による連載。労働時間が短く生産性の高いドイツの働き方を紹介しています。
メソッド2018.12.27

vol.5 ドイツの仕事術を100%コピーする必要はない

私は28年前からドイツで働いている。この国の経済、企業、社会を観察してきた結果、「日本人がドイツ人の働き方を100%コピーすることはできない」と考えている。その理由は日本とドイツの間に、経営文化、企業文化、商慣習の違いがあるからだ。例えば、日本の顧客はドイツの顧客に比べると、企業に求める商品やサービスの水準がはるかに高い。ドイツでは顧客と売り手の目線の違いはそれほど大きくはない。ドイツではサービス=有料という意識が強いが、日本ではほとんどの人がサービス=無料だと思っている。

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“サービス砂漠”ドイツ

ドイツは、労働生産性が高く、社会保障制度が充実している国だが、パラダイス(極楽)ではない。多くの問題点も抱えている。

特に、われわれ消費者にとって問題なのは、ドイツのサービスの質の低さである。「おもてなし」を世界に誇る日本からドイツに転勤してきた日本人の中には、商店などの顧客サービスの悪さに強いショックを受ける人が少なくない。ドイツの店員は堂々としていて、客に対してへりくだった態度は取らない。ぶっきらぼうな態度の店員も多い。ドイツの店員を日本に連れてきて、接客態度について試験を行ったら、10人中9人は確実に落第するだろう。

“サービス砂漠”ドイツに悩んでいるのは、われわれ日本人だけではない。私の知人で日本に長年勤務したドイツ人は、故郷に戻ってきた直後、パン店の店員の態度の悪さにショックを受けたという。彼は、日本の店員の丁寧な接客態度に慣れていたので、母国の店員の態度の悪さに驚いたのである。

ドイツのレストランのウエートレスたちは、労働条件が悪いせいか、特に態度が横柄であることが多い。あるバイエルン風レストランで、10ユーロ前後の食事をした後に100ユーロ紙幣(日本で言えば1万円札に相当する)で払おうとしたら、「こんなに大きな紙幣で払おうとするなんて!」とウエートレスに叱られた。おそらく釣り銭の準備がなかったのだろう。

別のレストランでは、食事が終わった後に日本から来た知人と話をしていたら、「食べ終わった皿を渡してくれ」とウエートレスから指図された。レストランなどで、ナイフとフォークを平行にそろえておくことは、「食事が終わりました」というサインだが、このウエートレスはそのルールも知らなかった。いったいどのような社員教育をしているのか。以降、このレストランには足を運んでいない。

 

 

 

「閉店法」で店員の休む権利を確保

もう一つ、サービス砂漠を象徴するものが、商店の営業時間の短さだ。ドイツに初めてやって来た日本人は、ほとんどの商店が日曜日や祝日に閉まっていることに戸惑う人が多い。日本では、コンビニエンスストアやスーパーマーケットなど夜間営業を行う店は多いが、ドイツでは考えられないことだ。

私が住んでいるミュンヘンでも、日曜日と祝日には、一部のパン店、大きな駅、空港やガソリンスタンドの売店を除けば、全ての商店が閉まっている。日本や香港のような、24時間営業の独立したコンビニはない。駅やガソリンスタンドの売店では、買える商品の種類が非常に少ない。

多くの日本人は、「日曜日や祝日には多くの市民が買い物をする時間があるのだから、店を開けておけば、売り上げが増えるではないか」と思うだろう。これは、アジア的な発想である。実際、香港やバンコクも、日曜日は全ての店が開いている。

しかしドイツでは、週末に店を開けて売り上げを伸ばすよりも、休みを優先させる。理由は「オフィスで働くビジネスパーソンだけではなく、商店で働く人々にも、家族との時間を楽しむ権利を保障するべきだ」という意見が有力だ。確かに、ライフ・ワーク・バランスがオフィスで働くビジネスパーソンや公務員だけに保障され、商店で働く人に保障されないのでは不公平である。特に、教会や労働組合は日曜日や祝日の営業について、頑として反対している。

ドイツの商店の営業時間は、「閉店法」という法律によって厳しく定められている。その歴史は古く、最初の閉店法はドイツ帝国が1900年に施行した。私が1990年にドイツに来た時には、平日の閉店時間は18時30分、土曜日は14時だった。

つまり、店員の休む権利が守られていたために、市民が買い物をする権利は、厳しく制限されていたのである。顧客が買い物をする権利の著しい制限は、約40年間も続いた。

私にとって、閉店時間までに買い物を済ませなくてはならないというストレスは、日本では経験したことのないものだった。土曜日には、「商店が閉まる14時までに買い物を済ませなくては」という思いがいつも頭の中にあり、慌ただしかった。平日の18時29分ごろ店の前に着いたら、鼻先で扉に鍵を掛けられたこともある。

1996年になると、月曜日から金曜日までは6時から20時まで、土曜日には16時まで商店を営業することが許された。2003年6月からは閉店法がさらに緩和され、土曜日も商店を20時まで営業できるようになった。日曜日と祝日の営業禁止だけは変わっていないが、一部のパン店は営業できるようになった。日曜日の朝食として、焼きたてのパンを買えるようになったのはよいことだ。1990年代に比べると、顧客の主権がかなり回復されたと感じている。

「あなたが好む顧客サービスの形式を挙げてください」
アンケート結果

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※資料=Opinium Research(英国)
※12カ国の2万4000人の消費者を対象に実施

 

 

 

人と直接やりとりできるサービスは
消費者から一定数の支持を得る

 

顧客サービスに関するアンケート結果
※資料=Opinium Research(英国)
※12カ国の2万4000人の消費者を対象に実施

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かゆいところに手が届く日本のサービス

それでもドイツのサービスの質は、日本の足元にも及ばない。私は毎年1回か2回は日本に戻るのだが、「日本のサービスはすごい」と毎回、感心させられる。私はドイツでは「良いサービスは受けられない」と諦めているために、日本でのきめ細かなサービスに対する感動の度合いが一段と強いのだ。

日本の旅館では部屋に到着すると、まずおしぼりと和菓子のサービスがある。日本では当然のことだが、私のように外国から来た客はこれだけでも感動する。

夕食の後も、談話室には飲料水と氷を入れた魔法瓶が置かれているほか、空腹を感じた客のために、廊下の机の上には、丁寧にラップフィルムで包んだおにぎりが並べてある。しかも、「おにぎりがなくなった場合には、お気軽に従業員に声をお掛け下さい」という添え書きまであるのだ。

とある東京のホテルでは、ズボンのファスナーが壊れたため「修理してくれる店を教えてくれませんか」と尋ねたところ、頼んでもいないのに無料で直してくれた。

ドイツではとても考えられないサービスであり、感動した。ドイツをはじめとするヨーロッパのホテルが、軽食を無料で提供したり、ズボンを修理してくれたりすることはまずないだろう。

日本で列車の旅をしても、さまざまなことに気付く。例えば、切符の点検を終えた車掌が車両から出る時に、客の方を振り向いてお辞儀をしてから、次の車両に移る。なんという礼儀正しさであろうか。ドイツでは見られない光景だ。

日本の新幹線が折り返しのために終着駅に停車する時間は12分。短い停車時間の中、清掃チームはわずか7分で掃除を終える。車内は、7分で終えたとは思えないほど、清潔になる。日本のサービスの質の高さを象徴する早業である。日本人が仕事にかける熱心さ、真面目さが伝わってくる。ドイツ版新幹線であるICEの車内は、折り返し地点でもこれほどきれいに清掃されていない。清掃チームは、新聞紙や紙コップなど大きなゴミをビニール袋に集める程度だ。

 

 

丁寧な接客態度

日本の商店やレストランにおける従業員の態度も、ドイツに比べると丁寧である。近年では、スーパーやレストランのレジでお金を払って帰ろうとすると、店員が胸に両手を当てて「どうもありがとうございました」と言いながら、深々とお辞儀をすることが多い。店員がこれほど丁寧なお辞儀をするというのは、ドイツでは考えられない。

ある和菓子店では、買った商品を紙袋に包んで手提げ袋に入れてくれるだけでなく、店員がわざわざカウンターの奥から店の前まで出てきて、客に手提げ袋を手渡し、見送ってくれる。雨が降っている時には、紙の手提げ袋に雨よけのビニール袋を掛けてくれる。至れり尽くせりのサービスだ。日本に住んでいる読者の皆さんは「特に珍しくもない」と思うかもしれないが、ドイツのサービス砂漠に埋もれている私は、こういうサービスを受けると感動してしまう。

日本の理髪店や美容院の中には、コーヒーを出してくれたり肩をもんでくれたりする店もある。しかも、日本では理髪店においてチップを払う必要がない。

デパートでは客が売り場の前の通路を通るだけでも、店員から「いらっしゃいませ」「どうもありがとうございました」と声を掛けられる。買ってもいないのに礼を言われると、なんだか恐縮してしまう。

代金を払う客の立場から考えると、店員さんが親切で丁寧な態度を取ってくれると、やはり気分が良い。「また来て買おう」という気持ちになる。

 

 

過剰サービスを減らしてはどうか?

「おもてなし大国」日本は、「働き方改革」のためにサービスの質を大幅に引き下げるべきではない。ドイツの質の低いサービスをわざわざ導入する必要はない。

そこで私が提案したいのは、残業時間を短くして労力を減らすために、過剰と思われるサービスを減らすことだ。例えば、2時間刻みで配達時間を指定できる日本の宅配サービスは消費者にとっては便利だが、荷物を配達する人にとっては大きな負担となる。ドイツでは配達時間を午前と午後のどちらかしか指定できない。客が不在の場合に、配達人が電話をかけてきて、再度配達をしてくれることなどあり得ないのだ。また、土曜日と日曜日に宅配サービスはない。客も大きな不便は感じていない。

また、日本のパン店では何も言わなくてもパンを1つずつ小さなビニール袋に入れてから、大きなビニール袋に入れてくれる。ドイツでは、全てのパンを1枚の紙袋に入れる。日本のやり方だとパンがくっ付かないので助かるが、ビニールのごみが大量に出るという難点がある。店員さんの手間もかかるだろう。私はこれも節約できる過剰サービスであると考えている。

つまり、市民一人一人が「ちょっとした不便」を我慢することによって過剰サービスを減らし、社会全体で残業時間や労力を減らす試みが必要なのではないか。

次回は、ドイツ人の仕事術の中に、日本のオフィスでの労働時間を減らし、より長く休暇を取れるようにするためのヒントがあるかどうかについて、お伝えしよう。

 

 

 

Profile
熊谷 徹Kumagai Toru
1959年東京生まれ。早稲田大学卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツに在住。『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)など著書多数。
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