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【メソッド】

ドイツ人はなぜ毎年150日休み、 1日10時間未満の労働でも会社が回るのか

ドイツ在住ジャーナリストである熊谷徹氏による連載。労働時間が短く生産性の高いドイツの働き方を紹介しています。
メソッド2018.11.30

vol.4 長期休暇を取るには社会全体の合意が不可欠

前回(2018年11月号)お伝えしたように、ドイツでは会社員が2~3週間まとめて有給休暇を取るのは常識である。彼・彼女らはイタリアやフランスなどの欧州諸国だけではなく、ベトナムや南米など遠い国にも旅行する。片道10時間飛行機に乗るような遠い国へ行く場合には、1週間の休暇では不十分だし、お金がもったいないと考えるからだ。

 

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2018年にドイツ人が休暇のための旅行先として最も頻繁に検索した都市
※資料=monondo(ドイツの旅行会社)の検索エンジンで検索回数が最も多かった都市

 

毎年30日間の有休を全て消化する

ドイツの企業は、法律によって最低24日間の有給休暇を社員に与えることが義務付けられている。また大半の企業では、社員に有給休暇を30日与えている他、残業時間を毎年10~15日代休として消化することを認めている。

連載第1回目(2018年9月号)で紹介したように、ドイツ企業では1日の労働時間は原則として8時間を超えてはならない。10時間まで延長することもできるが、それ以上長く働くことは法律で禁止されている。このため、少し長く働けばすぐに残業時間がたまる。旧西ドイツでは製造業界の毎週の所定労働時間は35時間、金融業界では38時間だ。メーカーでは1日7時間、銀行では1日7.6時間を超えて働けば残業時間がたまっていく。

従って、ドイツの会社では「明日は残業を消化します」と言って金曜日に代休を取り、週末を含めて3連休にすることは珍しくない。会社側も社員の健康を一番に考えなくてはならないので、社員が残業時間を代休で消化することについて、文句を言わない。

つまりドイツの多くのビジネスパーソンは、残業の代休も含めると毎年40~45日の有給休暇を取っていることになる。さらに土日や祝日も含めると、彼らは毎年150日前後休んでいることになる。ドイツに駐在している日本企業のビジネスパーソンたちは「これでよく会社や経済が回っているものだ」という感想を抱いている。「月100時間を超える残業のために過労死」というようなニュースは、この国では聞いたことがない。

 

 

 

毎年1月に夏休みの予定を計画

2018年もあと少しで終わる。毎年1月になるとドイツ人たちは夏の休暇について計画を立て始める。ドイツ企業で重要なのは、自分が長期休暇を取っている時に自分の業務を担当してくれる代理を見つけることだ。従って彼らは2~3週間の休みが他の同僚と重ならないように、調整し合う。代わりに業務を担当してくれる同僚さえ見つけられれば、上司は長期休暇を取ることについてまったく文句は言わない。

会社では全員が交代で長期休暇を取るので、ねたみはない。長期休暇を取る同僚に対して「Ich wunsche Dir einen schonen Urlaub!(素晴らしい休暇になることをお祈りします)」と声を掛けて送り出す。多くのドイツ人ビジネスパーソンにとって、「ああこれから3週間休めるのだ」と思いながらオフィスを後にするのは、職業生活の中で最も楽しい瞬間であるに違いない。

ドイツでは産業別の労働組合が経営団体と交渉して
所定労働時間を決めるので、業界ごとに労働時間が異なる

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ドイツの1週間の所定労働時間(旧西独)
※資料=IGメタルなどから筆者がまとめたもの

 

 

 

 

顧客も長期休暇に理解

 

ドイツ人は休暇中にリラックスして過ごし、休暇明けに働く力を養っている
あなたにとって休暇の中で最も大切なことは何ですか?
※資料=Statista
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もちろん、長期休暇を取ることによって、業務が滞らないように準備することは重要だ。当然のことながら、年末などの繁忙期には長期休暇を取らないようにする人が多い。長期休暇が集中する時期は、子どもが夏休みを取る7~9月が多い。また春の復活祭(イースター)にまとめて休暇を取る人も多い。

営業社員など顧客とのコンタクトがある社員が長期休暇を取る際には、顧客の理解を得ることも極めて重要である。

前回お伝えしたように、ドイツ企業は日本企業とは異なり、仕事が人ではなく会社についている。担当者がいなくても、会社が回るシステムが構築されているのである。

よって、顧客が問い合わせの電話を掛けてきた時に担当者が3週間の長期休暇を取っていても、他の社員がきちんと問い合わせに答えてくれれば、まったく問題はない。不在通知のメールには、自分の代わりに業務を担当する社員の名前と電話番号、メールアドレスを明記する。こうすれば顧客は誰と話をすればよいかすぐに分かるからだ。

例えば営業社員であれば、長期休暇に入る前に顧客に対して、あらかじめ代理である同僚の名前やメールアドレス、電話番号を連絡しておけばよい。そうすれば、担当者にメールを送って不在通知を受け取った顧客は、あらためて代わりの社員にメールを送り直さなくてはならないという手間が省けるだろう。

「それならば、長期休暇中に自分宛てに送られてきたメールが自動的に同僚に転送されるように設定すればいいではないか」と思う人もいるかもしれない。だが、ドイツ人は個人主義が強いためか、たとえ仕事上のメールといえども、自分宛てのメールが他の同僚に自動的に転送されるシステムを使うことはあまり好まない。このような設定を行うと、自分が働いている会社の人事部や労働組合から送られてきたデリケートな内容のメールが、同僚に転送されて読まれてしまう危険もあるからだ。

 

休暇中にはあえて会社のメールを読まない

日本ではIT技術の発達によって、出張先からでも自社のシステムにログインして、書類を読んだり、会社のファイルに保存されたエクセルシートの内容を変更したりすることができる。社員に社外でも会社のメールを読むためのスマートフォンを貸与している企業は少なくない。

だがドイツ企業では、管理職を除けば原則として休暇中や週末、夜間に会社のメールを読んだり返答したりする義務はない。休暇時に上司が連絡を取れるように、滞在先のホテルなどの電話番号を上司に伝える必要もない。大半のドイツ人は、仕事の時間と休暇の時間をきっぱりと分けることを好む。

つまりドイツの顧客は、担当者が休暇中にも自分のメールを読んでくれると期待することはできないのだ(ただし取締役や部長などの管理職は、休暇中や夜間にもメールを読んでいる。彼らは管理職でない社員に比べるとはるかに高い給料をもらっているので、自由時間を犠牲にして会社のメールを読むのもやむを得ないことかもしれない)。

 

 

 

午後5時にメールサーバーを停止する会社も

多くのドイツ人は、「せっかくの長期バカンス中に、旅行先でノートブック型PCに向かって顧客対応をしていたら、気分転換などできない。仕事の時は仕事に、休暇の時は休暇に集中するべきだ」と考えている。「職場でのストレスから解放されて、家族と楽しい時間を過ごし、心の健康を保つためには、会社からのメールは読まない方がよい。休みの間は、会社との縁を断って、自分が会社から離れて1人の人間であることを体感するのだ」という人も多い。

ドイツの大手企業の中には、管理職以外の社員については午後5時以降、メールサーバーを停止する会社もある。つまり顧客も、午後5時以降はその社員にメールを送れないのだ。また、管理職以外の社員が夜や週末に自宅などで会社のメールを読んだり、答えたりした場合には、勤務時間として算入することを許す会社もある。

ドイツ人は労働時間が短く、休暇が長いせいもあり、自分を“社畜”と考える人はほとんどいない。大半の人は、「自分は会社で生活の糧を稼いでいるが、独立した人間だ」と考えている。そもそもドイツ語には、「社畜」という概念や言葉がない。

あるドイツ人会社員は、幼い子どもとゆっくり時間を過ごすために、3カ月間の特別休暇を取った。この女性は、「休みの間、一度も会社のメールを読まなかった」と語った。この人は休暇に入る前に、自分が普段担当している顧客に対して「3カ月間休むので、問い合わせのメールは自分の代理の同僚に送ってほしい」と伝えていた。この人は、同僚の理解と支援を得られたので、3カ月休むことができた。長期休暇を取る際にも、チームワークが必要なのだ。

 

 

 

仕事を抱え込まず同僚と共有する

長期休暇中に自分にかかってきた急ぎの電話を、自動的に他の社員の携帯電話へ転送されるようにしておくことは大切である。顧客からの急な用件に対し、担当者だけでなく代理の同僚もオフィスにおらず対応できないという事態は、避けたい。

また、同じ課の同僚がアクセスできる共有ファイルを作り、客からの問い合わせに誰でも答えられるようにしておくことも、社員が交代で長期休暇を取るための必須条件である。このため、ドイツ企業では業務内容を1人で抱え込んだり、他の社員に内容を読めないようにしたりすることはタブーである。

ドイツでは育休や病気療養、研修などで、長く職場を空ける社員も多いので、管理職にとっては人の手配が極めて重要な課題となる。繁忙期に人手が足りない時には、他の課から応援を頼むことが大切だ。そのためには、管理職は普段から他の部の管理職とネットワーキングを行い、良好な人間関係をつくっておく必要があるだろう。

 

 

 

休暇についての社会的合意が重要

担当者と3週間連絡が取れないと言われたら、日本の顧客は怒るかもしれない。実際、東京に住んでいたある外国人が日本人の顧客に対して「2週間休暇を取ります」と言ったら、「なぜ2週間も休むんだ。1週間にしろ」と批判され、泣く泣く休暇を半分削ったという話を聞いたことがある。ドイツでは想像もできない話だ。

ドイツの顧客は「休暇は万人の権利である」ということを理解しており、自分の取引先の社員がまとめて休暇を取るのは当たり前だと思っている。

要は顧客を含めて社会の中に「誰でも2~3週間休暇を取る権利を持っている」というコンセンサス(合意)ができているのだ。

私は、誰もが2~3週間の休暇を取れる社会をつくるには、長期休暇についての社会的合意をつくることが最も重要だと思う。仮に、法律で長期休暇の取得を義務付けても、顧客の理解が得られなければ実際に長期休暇を取る人は少ないだろう。そして全ての社員が交代で長期休暇を取れるようにして、「あいつだけが休みを取っている」というねたみの感情が生まれるのを避けるべきである。

 

 

 

Profile
熊谷 徹Kumagai Toru
1959年東京生まれ。早稲田大学卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツに在住。『5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人』(SB新書)など著書多数。
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