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【特集】

企業内大学

企業にとって最大の経営資源である「人」は、自社の存続・成長に欠かせない大切な存在だ。持続的成長の基盤となる、デジタルとリアルを融合させた総合的な学習・育成システム「FCCアカデミー(企業内大学)」の設立・運営メソッドを提言し、社員の成長を自社の発展につなげるモデル事例を紹介する。
メソッド2022.07.01

人材育成の目的を明確化しよう:HRコンサルティング部

社員教育の在り方を再考すべき

 

新型コロナウイルスの影響を受け、企業に求められる価値や対応が大きく変容したことは既知の通りである。例えば、管理職には新たに定着した働き方(リモートワークや在宅勤務など)での人材マネジメントや、新たな事業・業務モデルにおける業績マネジメントなどが役割として付加され、それに伴い必要なスキルも増えた。

 

もちろん、変化したのは管理職の仕事のみではない。事業・業務モデルが変われば、「実務で必要な知識・スキル」も変わり、新たな事業・業務モデルを開発する際には、これまで触れたことのないような新たな領域での知見やノウハウが必要になる場合もある。

 

これらの変化は、今回に限ったことではない。企業に求められることが常に変化し続ける現代社会では、社員に必要とされる知識・スキルの幅は拡大し、かつその内容もアップデートされ続ける。企業における人材育成も適応し続ける必要があるが、一方で教育に充てられる時間やコストは有限である。よって、これまでの人材育成の在り方を、スキルのアップデートに耐え得る仕組みとして再考する必要がある。

 

「社会の変化に伴い、社員の知識・スキルは常に拡大・アップデートされ続けなければならない」と述べたものの、手当たり次第に知識・スキルを習得するのは難しい。そこで、まず取り組むべきは、企業における「教育の目的」の再定義である。

 

自社の教育は何を目的として、どのような人材を育てるために行われ、どのような能力を必要としているのか。そう考えることで、習得ターゲットとなる知識・スキル、あるいは学ぶ優先順位をある程度絞り込むことができる。(【図表】)

 

【図表】「目的の明確化」により必要な知識・スキルが明確化される

出所 : タナベ経営作成

 

教育の目的を考える上で1つの軸となるのが、「自社の強み(技能・技術、ノウハウ、ビジネスモデル、商品など)」である。自社ならではの強みは、今後変化を続ける社会においても、顧客から選ばれる要因となり、他社との差別化につながる。自社の成長を支える大きな柱となり得るということだ。

 

明確化された自社の強みを継承、あるいは進化(深化)させていくことを教育の目的とし、それを実現する社員像を設計し、必要な知識・スキルへ落とし込むことが、自社を成長させる。本来あるべき「企業の人材育成」に近づけることができるのである。

 

 

学習機会の多様化・細分化・個別化

 

知識・スキルは「一度学べば終わり」ではない。しかし、毎回研修を企画し、社員を集め学ぶ機会を設けるのは現実的に難しい。

 

そこで考えなければならないのが、学習機会の「多様化」「細分化」「個別化」である。

 

多様化とは、これまでの対面研修だけでなく、オンライン研修、eラーニング、その他書籍やメディアなどを含め、多様な手法で学ぶ機会を提供することである。これらをすでに実践している企業は多い。

 

学習機会の多様化におけるポイントは、該当知識・スキルを習得するのに最も適した学習手法の適用である。各手法にはそれぞれ特徴があるため、それらを考慮した教育デザインが必要とされる。

 

次に挙げられるのが、細分化と個別化である。社員一人一人を見ると、必要な知識やスキルをすでに備えている人もいれば、ゼロから学ぶ人もいる。つまり、全員への同一機会の提供ではなく、個人に合わせた学習プログラムを提供することが、モチベーションの向上や学習の効率・効果の観点から考えて良いと言える。

 

そのため、まずは全員の知識・スキルレベルが同程度なのか、あるいは個人別に知識・スキルレベルが異なるのかを検討する。後者の場合、同じ知識・スキルであっても、その要素やレベルによって細分化し、社員個人のバックグラウンドや状況、成長課題に合わせた学習機会を提供する。

 

ただし、この実行には、学習機会を設ける側の時間とマンパワーの確保が必要となる。ポイントは、前述の学習機会の多様化と教える人(講師)を増やす仕組みの構築だ。

 

具体的には、eラーニングの活用、また一方的な学習提供になりがちなeラーニングを補完する目的でのオンラインコミュニケーション(質疑応答や感想・学びのポイントの共有など)が取れる仕組みや、自社の知識・スキルを教えることができる社内講師を輩出する仕組みづくり(社内講師の研修やトレーニングなど)などが挙げられる。

 

学習機会をただ設計して提供するだけでなく、社員の学習意欲向上、学習効果の効率化、持続的な教育機会提供の観点から、実施方法や環境整備を検討することが重要である。

 

 

製造業B社の取り組み

 

これまで述べた内容を実践している企業の取り組みを紹介する。

 

医療・衛生用品の製造を事業とするB社は、ベテラン社員による確かな技術とノウハウに基づく安定した製品品質と適正コストが強みとなり、顧客からの信頼を得ていた。

 

そこで製造部門は、ベテラン社員の世代交代を見据えて、「ベテラン人材の技能・ノウハウを受け継ぐ人」を育てるための教育体系の再構築に取り組んだ。

 

同社は以前にも、ベテラン社員が他の社員への指導に取り組んだことがあった。しかし、教えられる社員の基礎知識・スキルがバラバラで、細かいコツを伝えても伝え切れない、伝承する技能が言語化されておらず、習得が難しい、ベテラン社員が「教え方」を学んだことがなく、うまく教えられないなどの理由でうまくいかなかった。

 

その経験を踏まえ、B社は重点テーマを次の3項目に取り組んだ。

 

❶技能を伝承される対象者を明確化するための、技能レベルのステップ明確化

 

どのレベルの技能・知識を持つ社員に、重点的に技能を伝承していくかを決定

 

❷伝承する技能の棚卸しと言語化、作業手順に則った細分化

 

作業の工程ごとに技能を棚卸し、教える側が伝えるべきポイントを抽出

 

❸指導者が教え方を学ぶ機会を提供

 

技能・ノウハウを持つベテラン社員を対象とした「トレーナー研修」の企画・実行

 

学習機会の多様化という点では、技能伝承される対象者には、より詳細な技能・ノウハウを伝承するためにOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を行った。また、入社間もない若手社員には、自分が担当する製造ラインでの正確な作業をきちんと身に付けてもらうため、eラーニングを中心とするなどの工夫を行っている。

 

B社の事例から読み取れるように、社会変化に対応するため取り組むべき知識・スキルのアップデートの出発点は、人材育成の目的の明確化である。その第一歩目として、自社の独自の強み、選ばれる理由をあらためて考え、これからの教育の在り方を描いていただきたい。

 

 

 

 

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