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【特集】

体験価値の設計

企業の存在意義や社会的責任が、ビジネスを考える上で欠かせなくなった今、経営はどう変わる必要があるのか。顧客だけでなく、全ステークホルダーの「体験」を価値あるものに変え、行動変容を促すことによって企業価値を高める「体験価値の設計」を提言する。
コラム2022.04.01

社員体験価値が自社を変える:浜西健太

【図表1】時間軸で捉えた社員体験価値(EX)のイメージ

出所:筆者作成

 

 

入社前・在職中の体験・経験価値

 

本稿では、社員の体験価値(Employee Experience、以降EX)について解説していきたい。

 

あらゆるモノが飽和した新しい社会において、人々の価値観は「モノ」から「コト」へシフトしていく。それに伴い、社員自身の労働対価としても「月給・ボーナス」などの金銭的報酬だけでなく、「体験・経験」などの非金銭的報酬が注目されるようになったという背景がある。

 

筆者はEXについて、「①入社前→②在職中→③退職後という一連のキャリアフローにおいて、社員自身が良き体験や経験を得る中で育まれる価値の総和」と定義している。EXを時間軸で整理したイメージ図が【図表1】である。

 

1つ目の時間軸は「入社前」だ。重要なキーワードは「採用マインドセット」であり、入社前の段階から、自社でどのような「体験・経験」を得ることができるか、十分にイメージしてもらうことが鍵となる。

 

具体例を挙げると、愛知県に本社を構えるA社では、採用後のミスマッチ防止と入社後の体験価値のイメージ共有を目的に、希望者に対して職場体験を回数無制限で実施している。昨今のコロナ禍においては、職場の状況をライブ配信しながら、チャット機能を使って求職者とコミュニケーションを取るなど、ユニークな取り組みを行っている。全ては、入社前から「体験・経験」価値を最大化するためである。

 

2つ目の時間軸は「在職中」である。ここは各社の腕の見せ所と言えよう。キーワードは「エンゲージメント(組織と社員の関係性)」であり、在職中にどのような「体験・経験」が得られるかを、「制度」と「風土」の2軸から整えることが鍵となる。

 

具体的な制度の例としては、多様な働き方を容認できる「キャリア制度」や、社員のパフォーマンスを最大化する「人事制度」、従来からあるリアル中心の「均一的な教育機会」ではなく、環境に制約されることのないデジタル中心の「個別的な学習機会」(【図表2】)など、整えられる制度は多数ある。これらの制度が、働く社員の「体験・経験」価値の最大化につながる。

 

また、こうした制度を下支えする風土として、「心理的安全性」は追求すべきテーマである。心理的安全性の第一人者であるハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソン氏によると、「心理的安全性が高い状態」とは、「チームにおいて、『他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰を与えたりしない』という確信を持っている状態」「対人関係にリスクのある行動をとったとしても、メンバーが互いに安心感を共有できている状態」を指し、不安やおびえがなく、メンバー同士で向き合うことができる関係性をどのように育んでいくかがポイントと言える。

 

 

【図表2】社員の体験・経験価値を高める制度の例

出所:タナベ経営作成

 

 

 

退職後のつながりが体験・経験価値を高める

 

3つ目の時間軸は「退職後」である。多くの日本企業が退職に対してネガティブな反応を示しているが、日本の現状を鑑みると、すでに、この考え方を改めるフェーズ(段階)に来ていると言えよう。少子高齢化に伴い、生産年齢人口は今後も減少する一方であり、これまでの雇用制度の主流であった終身雇用制度が終焉を迎えつつあるからだ。

 

こうした環境下において、従来の「退職=自社との関係を断つ」という考え方に固執してしまうことはナンセンスであり、このような考え方を続ける限り、今後も人材不足に悩み続けることは明らかである。

 

退職後における重要なキーワードは「アルムナイ(卒業生)」だ。退職者を卒業生として捉え、「退職(卒業)後もつながりを持つ」という考え方にシフトしていくことで、退職者が自社で培った「体験・経験」に、卒業後に他社で培った「体験・経験」が組み合わさり、さらにスキルアップした状態で、再度自社に戻ってもらえる機会へつなげたい。

 

最近では、企業とアルムナイの関係性をつなぐ「アルムナイ・プラットフォーム」や「アルムナイ・ネットワーク」といった仕組みを通して人的資産を確保している会社も増えてきている。

 

大阪府に本社を持つB社はアルムナイ制度を積極的に推進している。B社では、あらゆる経験をした出戻り社員は、一般の社員に比べて当事者意識が高く、B社に対するエンゲージメントも高いという調査結果が出ている。「隣の芝生が青く見えていた」元社員が、酸いも甘いも経験した後、復職したときに歓迎され、活躍の場を用意されたことにより、B社への感謝の気持ちを従来以上に高めているのだ。

 

ただし、アルムナイの効果的活用のポイントとして、受け入れ基準・受け入れ体制整備、イグジットマネジメントが必要であることは押さえていただきたい。

 

ここまで掘り下げてきた通り、①入社前→②在職中→③退職後の一連のキャリアの中で、社員が良き体験や経験を得ることができれば、おのずと社員経験価値の総和は広がり、結果としてELTV(Employee Life Time Value:社員生涯価値)の向上につながるのである。

 

 

 

 

 

 

Profile
浜西 健太Kenta Hamanishi
タナベ経営 HRコンサルティング大阪本部 部長。2011年タナベ経営入社。「幸せな会社づくり」をポリシーとし、組織・人事に関するプロフェッショナルとして多くのコンサルティングを展開。特に経営者(エグゼクティブ)向けのコーチングが高い評価を得ている。BtoC向けの企業複数社において、クライアントのステージに合わせた人事制度設計および運用を通して、社員の主体性向上と売上倍増へと導いた経験を持つ。
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