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【特集】

経営をつなぐM&A

買収によって新規事業を始める際に必要となる時間を短縮できることから、「時間を買う戦略」とも言われるM&A(企業の合併・買収)。アフターコロナを見据えた経営戦略・事業戦略に基づいた、「買って終わり」「売って終わり」にしないM&A 戦略の設計メソッドを提言する。
コラム2021.12.01

M&Aの戦略構築と実行に至るまでの全体像:丹尾 渉

 

【図表1】M&Aは中長期ビジョン実現のための「手段」

出所:タナベ経営作成

 

 

M&A戦略の必要性

 

1980年代末、日本企業の米国における大型買収が世を賑わせていた。当時は、ソニーや三菱地所といった名だたる日本企業が、米国の名門企業やビルを数千億円かけて買収するという「劇場型」のM&Aが主流であった。それからはや三十数年。M&Aはいまや日本国内において中堅・中小企業にも1つの戦略技術として定着し、M&A巧者が自社を成長へ導いている。

 

M&Aが中堅・中小企業に広がるにつれ、より重要性を増しているのが「M&Aを用いて何を実現したいのか」という根幹部分である。これは、「場当たり的なM&Aではなく、戦略に基づいたM&Aが実行できているか」という経営者への問いかけでもある。

 

かつて大手企業が何千億円もかけて買収を実行していた頃は、M&A戦略がフォーカスされることは少なかった。むしろ「どこを買収したのか?」に注目が集まっていたように思う。日本企業による米国大手企業の買収が、国家や企業の成長を世界に発信することにつながったからである。

 

しかし、右肩上がりの経済成長が望めない現在、企業は限られた経営資源を成長分野に振り分けなければならない。当然ながら、無制限にM&Aに資金を投入することはできない。中堅・中小企業であれば、この制約はより大きくなる。そこで重要になってくるのが、M&Aを成功に導くための「戦略」である。

 

 

M&A戦略とは何か

 

実は、M&A戦略に明確な定義はない。最も重要なポイントは、M&Aはあくまでも「手段」であるということだ。M&Aが目的になってしまってはいけない。よく「知り合いの会社がM&Aをしたので、自社でもやってみたい」といった話を聞くことがあるが、このパターンには要注意である。ただ、M&Aに興味・関心を持つことは非常に良いことなので、さらに詳細を詰めていく必要がある。

 

M&A戦略をあえて定義するとすれば、「中長期ビジョンを実現するために、M&Aをどのように活用するかを定めたもの」と言えるだろう。M&A戦略立案の出発点は、自社の中長期ビジョンであり、そこから導き出された事業戦略に他ならない。(【図表1】)

 

TCG(タナベコンサルティンググループ)では、M&Aの相談を受ける際に具体的な企業名や業種が先に出てくる場合、M&A戦略の有無や中長期ビジョンの有無を確認している。これは、各論に終始した買収がうまくいかない事例を多々見てきたからである。中長期ビジョンや事業戦略を所与のものとして、具体的な企業名や業種をヒアリングする中で、ビジョン・事業戦略との整合性や親和性を検討していく。このステップをしっかりと組み立てることが、この後に待ち受ける交渉やDD(デューデリジェンス)※1、PMI※2の際の指針にもなる。

 

 

※1…M&Aの対象となる会社や事業の価値やリスクなどを調査すること
※2…M&A後の経営統合プロセス

 

 

 

 

 

 

M&A戦略の策定プロセス

 

1.中長期ビジョンの構築

 

M&A戦略の構築は、まず中長期ビジョンの構築から始まる。不確実性が高まる現在、単年度予算主義では、1年間は乗り切れても今回のコロナショックのような大きな外部環境の変化に対応できない。

 

TCGでは、「数年先ではなく、その先の未来に実現したいビジョンを設定し、それに向かって今から何をすべきなのか」という「バックキャスティング方式」でのビジョンの策定を提言している。業界によって環境の違いはあるものの、長期ビジョンを設定することで中期ビジョンが明確になる。

 

長期ビジョンを3~5年のスパンでより詳細にしたものが中期ビジョンである。例えば、3年後を想像してみよう。会社の規模が大きくなればなるほど、事業構造を転換することは容易ではない。3年はあっという間に過ぎるだろう。その間に構造変化を起こそうとすると、短期間で大きな効果を上げる手法を活用しなければならない。そこで、中期ビジョンと現実のギャップを埋めるために、「時間を買うための選択肢」とも言われるM&Aを組み込んだ事業戦略を検討する必要が出てくるのである。

 

2.事業戦略との整合性

 

複数の事業を展開するパターン(事業ポートフォリオの再構築)や主力事業一本で勝負するパターンなど、さまざまな戦略が考えられるが、事業戦略とM&A戦略は整合性が取れていなければならない。

 

例えば、主力事業とまったく関係のない事業を買収する場合、それらはいわゆる「飛び地」の買収となる。事業ポートフォリオを増やす目的で実行するのであれば整合性は取れるかもしれないが、単に財務状態が良いという理由や、含み益のある資産を保有している状態で安く買収できるという理由でM&Aを実行する場合は、慎重な検討が必要である。事業戦略に寄与するM&Aでなければ、成長につながりにくいからだ。

 

また、事業戦略との整合性を取ると、具体的なターゲット(対象企業)の選定基準も見えてくる。対象企業に求める規模・エリア・保有する技術などを明確にすることで、自ら対象企業にアプローチすることが可能となり、他社からの持ち込み案件においても結論を早期に出すことができる。

 

3.M&A実行の判断基準の設定

 

M&Aを実行する上で、戦略との整合性以外にもう1つ決めておかなければならないことは、投資判断基準と意思決定ルールである。これは、M&Aの撤退基準にもつながる。

 

冒頭で述べたように、経営資源は無限にあるわけではない。事前に投資判断基準を設定し、ある一定のラインを超えた場合は、交渉から降りるという決断をしなければならない。投資判断基準は、自社の保有キャッシュや資金調達可能額、また、投資の回収期間を勘案して設定される場合が多い。

 

さらに、意思決定ルールとして、買収に至る意思決定のプロセスを事前に決めておくことが必要である。案件情報を最初に受け、交渉を担当する部署を明確にするのだ。

 

また、その後の重要事項はどの機関で決定するのかをあらかじめ定めておくことによって、交渉時の意思決定を迅速に進めることができる。意思決定に時間がかかる企業は、交渉の相手方からの信用を失う可能性があるため、注意が必要である。

 

4.M&Aとその周辺領域

 

M&Aを推進することにより、周辺領域の強化も必要となってくる。例えば、M&Aの件数が増えてくれば、グループインした会社の経営を任せる人材の育成が必要になる。あるいは、よりM&Aを実行しやすくするため、組織再編を実行したりする必要性が出てくる。このように、付随して出てくる課題に対処しながら、企業の成長を実現していく。

 

 

 

【図表2】M&A戦略の検討手順(A社の事例)

出所:タナベ経営作成

 

M&A戦略の事例

 

売上高1000億円のロジスティクス企業A社の事例を紹介しよう。A社はある企業のグループ会社で、グループ中期経営計画の中でも成長分野と位置付けられていた。

 

A社は、自社の固有技術を基礎として成長していくビジョンを持っていたが、中期経営計画を推進していく中で、求められる売上高と利益率を実現するためには、このままのペースでは難しいという結論に至った。

 

そこでM&Aを用いることを考えたが、同社の計画には、M&Aの具体策が盛り込まれていなかった。そこで、既存の事業戦略をベースにM&A戦略の構築を実施した。

 

A社がとったM&A戦略の検討手順は【図表2】の通りだ。既存の事業戦略のレビューからスタートし、狙う事業ドメインの選定とM&Aのゴール(狙う経営資源・エリア・製品/サービス)を検討した。

 

 

M&A戦略をしっかりと定めた上で実行すべき

 

A社の事業ドメインを選定する際に重視したポイントがある。①自社の固有技術(強み)が生かせる事業ドメインはどこか、②親会社や他のグループ会社とバッティングしない事業ドメインはどこか。この2つの条件を満たす事業ドメインをターゲットと位置付けた。結果として、5つの事業ドメインを選定し、ドメインごとに対象企業を具体化していった。

 

各ドメインの対象企業を決める際には、事業内容・規模・利益率などを整理し、ロングリストからショートリストを作成して、ショートリストからアプローチを実施した。5つの事業ドメインは単純に業種で絞ったわけではないため、1ドメインごとの対象企業は少なかったが、5つのドメインを設定することで、対象企業の数を確保し、アプローチを実行した。

 

M&Aは、自社の成長を目的として多額の投資額を用いて実行される。これが場当たり的に実行されるようでは、企業経営がうまくいくはずがない。M&A戦略をしっかりと決めた上で、対象企業の検討をぜひ行ってほしい。

 

 

※ロングリストとは、M&Aを検討している企業に対して、相手方となる候補先企業をリストアップしたもの。ここから一定の条件で候補先を絞ったものをショートリストという

 

 

M&Aアライアンス

金融機関や会計事務所などと連携し、M&Aを戦略として活用することで、地域企業の成長を促進させ、経済発展へ貢献していきます。

 

Profile
丹尾 渉Wataru Nio
タナベ経営入社後、収益・財務構造改革を中心に、資本政策や組織再編コンサルティングなどに従事。2017年からM&Aアライアンスコンサルティング本部の立ち上げに参画。M&A戦略構築からアドバイザリー、PMIまでタナベ経営のM&Aメソッドの開発に携わり、3年間で延べ50件以上のM&Aコンサルティングに携わっている。
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