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【特集】

ミッション経営

「道徳経済合一」。近代日本資本主義の父・渋沢栄一の経営哲学は、今なお多くの企業家のポラリス(北極星)として輝き続けている。ミッションを掲げ、より良い社会の実現に取り組む事例から、持続的経営を可能にする組織・風土づくりを学ぶ。
メソッド2020.11.30

「道徳経済合一」で持続可能な経営を目指す:渋沢史料館 館長 井上 潤氏 × タナベ経営 北島 康弘

持続可能な経営に必要なのは、仁義道徳に反しないこと。
それが信用につながり、事業が成長する。
これが、渋沢の提唱した「道徳経済合一説」の中心課題です。

 

 

仁義道徳に反しないそれが永続の基本

 

北島 苦難の末、王子製紙は現在も続く長寿企業となりました。しかし、事業が軌道に乗るまでに10年の歳月を要したそうですね。困難を乗り越え、持続可能な企業、経営を実現するポイントはどこにあるのでしょうか。

 

井上 まず、持続可能な経営に必要なのは、仁義道徳に反しないこと。それが信用につながり、事業が成長する。これが、渋沢の提唱した「道徳経済合一説」の中心課題です。

 

次に、周りや公の利益を第一に考えること。世の中が豊かになるほど、自社にも多くの利益がもたらされるという考え方です。渋沢は単独、独占を嫌い、同業者や異分野の情報を見極めて、互いに手を取り合って事業を進めています。競争や相手を蹴落とすやり方を繰り返していては、事業は長続きしません。抄紙会社も、三井組や小野組、島田組など多くの協力者を募る合本組織の形が採られました。

 

北島 目先の利益は小さくとも、公益を重視して信頼される経営を行うことで事業は安定し、長い目で見れば大きな利益を生むことになります。

 

井上 おっしゃる通りです。もう1つ、事業永続に関する渋沢の言葉として、「絶大なる忍耐力」が挙げられます。抄紙会社の例でも分かる通り、事業が順調に進むことなど滅多にありません。それでも、常に平身低頭を心掛け、懇切丁寧に説明をして理解を得るよう努力する。その積み重ねが信頼となり、信念を持って継続するうちにチャンスが訪れて状況が好転するのです。

 

ただ、それが口で言うほど簡単でないことを、渋沢自身も理解していました。「いずれ自らが望む理想的な状況になることを信じてやまない」という言葉を、渋沢も漏らしています。

 

北島 渋沢先生でも、そのように自分を奮い立たせていたのですね。親近感を持ちました。経営者も人間ですから、つい目先の利益を優先したり、仁義道徳を後回しにする気持ちが出てきたりするもの。特に、昨今のような厳しい経営環境下ではなおさらです。しかし、経営の本質はいつの時代も変わりません。迷ったら、本質や原点に戻ること。そうでなければ、何のために事業をしているのかを見失ってしまいます。

 

井上 全く同感です。この時代に渋沢栄一が注目される理由はそこにあると思います。公益の追求、道徳経済合一、平等。こうした本質や原点は、事業の大前提となる考え方です。

 

一方、事業を永続させる条件を挙げるならば、1つ目は適応能力の高さ。周囲をよく見極め、手を取るべきところは共同で事業を進めるべきと渋沢は言っています。2つ目は、二重の手間をかけない。日ごろのチェック機能を働かせ、業務のちょっとした抜けやその場で埋められる程度の穴を、「これぐらいなら」と見過ごさないこと。後々、手が付けられないような落とし穴になる可能性は十分にあります。

 

3つ目は、長期的な展望を持つこと。情報を集めて確たる見通しと長期的な展望を持ち、発信することが大事です。なぜなら、思い通りに運ばないときでも、将来が見えると社員や周囲は耐えることができるからです。

 

 

渋沢史料館
所在地:東京都北区西ヶ原2-16-1
開館日:火曜日、木曜日、土曜日
開館時間:10:30~12:00/14:00~15:30
2020年11月19日より完全予約制で一般公開
※最新の開館状況については同館WEBサイトをご確認ください
https://www.shibusawa.or.jp/museum/

 

 

不透明な時代こそ将来展望の発信を

 

北島 近年、相次ぐ震災や豪雨被害、感染症拡大などによって、特に中小企業は厳しい経営を強いられています。渋沢先生の考えや言葉に励まされる経営者は少なくないと思います。

 

井上 新型コロナウイルスの影響で苦しい経営状況に直面されている方々は多くいらっしゃいます。自然災害が重なり、地域によっては二重三重の苦難に見舞われているところもあるのではないでしょうか。実は、渋沢が生きた時代も感染症や関東大震災などに見舞われていました。渋沢自身、妻をコレラで亡くしています。そうした環境下、徹底した予防対策と共に渋沢が重要性を唱えたのが、やはり経済の側面でした。

 

また、「苦しいときほど社員への目配りを怠ってはいけない」と渋沢は言っています。さらに、苦しい状況にあっても将来を見通せるメッセージを発信すること。将来展望を伝えることで少しでも不安を取り除き、社員が安心できる環境づくりに努めることがトップの仕事でしょう。国民全体の平等や仁義道徳を大事にする渋沢らしい言葉なので、最後にお伝えしたいと思います。

 

北島 不透明な時代こそ、先を照らす明かりが必要です。2021年のNHK大河ドラマで渋沢先生の生き方を知ったり、史料館で価値観に触れたりすることで、さらに広く、深く渋沢先生の考え方が伝わっていくでしょう。私自身、対談を通して苦しいときこそ本質に立ち返る大切さを再確認しました。貴重なお話をありがとうございました。

 

 

 

渋沢史料館 館長
井上 潤(いのうえ じゅん)氏

1984年明治大学文学部卒業後、渋沢史料館学芸員となる。2001年同館学芸部長、2003年副館長。2004年渋沢史料館館長。その他に現在、企業史料協議会監事、(公財)北区文化振興財団評議員、(公財)埼玉学生誘掖会評議員等を務める。著書に「渋沢栄一-近代日本社会の創造者」(山川出版社、2012年)、「渋沢栄一伝-道理に欠けず、正義に外れず」(ミネルヴァ書房、2020年)がある。

 

タナベ経営
経営コンサルティング本部 副支社長
ミッション・ビジョン経営研究会 リーダー

北島 康弘(きたじま やすひろ)

「業績向上と社員活性化を両立させる風土づくり」をコンサルティングの指針に掲げ、事業戦略や収益構造改革、組織改革、風土改革、人事制度改革、営業改革などをテーマに数多くの企業を支援している。特に企業風土の活性化を軸にしたコンサルティングに定評があり、「自ら考え、自ら行動する」新たな風土を構築することで、社内改革を多数実現している。


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