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【特集】

ホールディングカンパニー

事業承継を機に「ホールディングカンパニー」(持ち株会社)を設立し、グループ経営に移行する中堅・中小企業が増加している。持ち株会社は「独占禁止法」の改正で解禁されたが、従来は大手企業を中心に業界再編ツールとして運用されてきた。この古くて新しい「ホールディング経営体制」の導入企業事例を通じ、経営戦略上のメリットを浮き彫りにする。
メソッド2019.06.28

経営者たちと持続的な成長をコミットする:中須 悟

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なぜ、「ホールディング経営」なのか

 

 

いま、事業承継を機にホールディング(持ち株会社)経営体制へシフトする企業が増えている。それは、なぜだろうか?

 

筆者は事業承継を専門にコンサルティングを行っているが、その中核テーマとして、数多くの中堅・中小企業のホールディングス化を手掛けてきた。その取り組みのきっかけとなったのは、そんな純粋な疑問であった。

 

近年、国内でホールディングス化が進展したのは、直接的には1997年の独占禁止法改正による「純粋持ち株会社の解禁」に起因する。それ以前は1947年施行の独占禁止法により、事業支配力が過度に集中することを防止する目的で禁じられていた。第2次世界大戦後、GHQ(連合国軍総司令部)が財閥解体の流れで当時の持ち株会社を解体したのだ。

 

逆の見方をすれば、純粋持ち株会社によるホールディング経営モデルは、(多少の誤解を恐れずに言えば)事業支配力を集中させることで飛躍的に成長できるモデルなのである。

 

ホールディングス化が先行している大手企業はもちろん、成熟経済下で事業が伸び悩む中堅・中小企業にとってこそ、大きく羽ばたく突破口となり得るであろう。

 

 

“メリ・デメ思考”では決断できない

 

ホールディング経営モデルへのトランスフォーメーションを決断する経営者は、まず、間違いなく自社の飛躍的な成長と長期的な存続に明確な意志を持っている。これまでタナベ経営は数多くのホールディングス化を支援してきたが、その背後にはホールディングス化を実現した企業の数倍に及ぶ“検討中の企業”が存在する。言い換えれば、ホールディングス化を決断した企業と、決断できない企業に分かれ、後者の方が圧倒的に多いのである。その分かれ目は何だろうか?

 

ホールディングス化を決断できない企業は、ホールディングス化のメリットとデメリットを議論することに終始している場合が多い。このとき、メリットは目指すべき姿、デメリットは“現実的なリスク”として認識される。メリット・デメリットをフラットに議論すれば、どうしても不確実な前者に対し、よりリアルな後者の方が説得力で勝るため、ついに意思決定ができないという結論に陥ってしまうのである。

 

ホールディングス化を決断した経営者に共通するのは、メリット・デメリットを議論する前に、「ホールディングス化したい」という明確な意志を持っていることだ。その意志は「企業の長期的な存続のための持続的成長」に対する強いコミットであり、「多くの社員を経営者として残したい」という強い思いも含んでいる。

 

もちろん、メリット・デメリットを具体的に検証するプロセスが不要と言っているわけではない。特にデメリットは、ホールディングス化を推進するに当たって重要な経営リスクである。そのリスクを具体的に認識し、マネジメントレベルで対処しなくてはならない。

 

つまり、この場合のデメリットとは、メリットを実現するために克服すべき課題であり、決断とは、その課題と対することを「腹決め」することなのである。

 

 

事業ポートフォリオで成長する

 

では、持続的な成長を強く望む多くの経営者にとって、なぜホールディングス化が魅力的に映るのであろうか。

 

その背景には、成熟化した経営環境がある。成熟化した環境下では、一つの事業にヒト・モノ・カネといった経営資源を集中投下しても、成長に限界がある。ベンチャーなどの新興企業ならともかく、これまで日本経済の成長を支えてきた中堅・中小企業の中核事業の多くは時代とともに陳腐化しており、そのビジネスモデルを変革しなければ今後の成長は望めない。

 

ただ、簡単に変革と言っても、既存事業を捨て去るわけにはいかない現実がある。その場合、既存事業と新たな事業との組み合わせでイノベーションを創出するという発想が重要になる。

 

複数の事業の組み合わせでより大きな付加価値を創造し、いわゆるシナジー(相乗効果)を得て成長していく戦略を「事業ポートフォリオ戦略」という。これからの中堅・中小企業が既存事業を見つめ直し、さらなる高みを目指して成長していくためには、この事業ポートフォリオ戦略が不可欠なのである。

 

多くの中小食品会社でグループを構成する、東証1部上場のヨシムラ・フード・ホールディングス(東京都千代田区)は、食品事業の組み合わせによって持続的な成長を目指す事業ポートフォリオモデルの好例と言える。

 

現在、地域の中小食品会社の多くが、後継者不足やマーケットの成熟化による競争激化などの理由で伸び悩んでいる。もはや単体では成長を望めない企業も少なからずあろう。

 

しかしながら、企業を個別に見ると一長一短の個性がある。それらを統合することで各社の強みが連携し、弱みが補完されて、グループとしてのシナジーを発揮する。

 

同グループを構成する各企業は、全てM&Aにより買収したというユニークな成り立ちであるが、それらは全て長期的なパートナーシップを前提とする友好的なM&Aだ。各社のマネジャーは、優秀であればより広範囲で活躍するステージが与えられ、さらにモチベーションを高めて意欲的に仕事に取り組める。

 

事業ポートフォリオモデルで成長しようとするホールディングカンパニー(HDC)は、その手段としてM&A戦略をとることが多い。だが、近年はそれに加えてCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)戦略も増加しつつある。

 

CVCとは、従来型のベンチャーキャピタルと違い、事業会社(ここではHDC)が本業の事業とシナジーのあるベンチャー企業に出資し、共同研究・共同開発などを通じて事業として成長させていくパートナーシップモデルである。これもまた、イノベーション創出の有効な手段となり得るであろう。

多くの経営者人材を育成する

 

中堅・中小企業が持続的な成長を望むとき、「多くの経営者人材を生み出す」ことが重要な経営課題となる。業容の拡大に伴い、1人の経営者が陣頭指揮を振るうには限界がある。

 

「企業は社長の器以上に大きくならない」といわれるが、そもそも今は1人の経営者の器に頼って成長していく時代ではない。複数の経営者によるグループ連邦経営をしていくことがホールディング経営モデルの要諦であり、それ自体を目的にホールディングス化を志向する経営者も多い。

 

環境設備総合商社のカンサイホールディングス(福岡市博多区)は、グループの年商が300億円に迫る地域のリーディングカンパニーである。これまでは創業者の忍田楢蔵氏、そしてそれを受け継いだ2代目の忍田勉社長がグループをけん引してきた。今後の第3世代はホールディングス体制の下、中核企業であるカンサイもエリアごとで分社化し、それぞれに社長を配してさらなる成長を目指すという。

 

また、電気設備の設計・施工やITシステム構築などを手掛ける千代田ホールディングス(福岡市中央区)においても、次世代には社員から社長を輩出し、グループでバランスを取りながらさらなる成長を目指している。

 

ホールディング経営モデルにおいては、グループを構成する複数の事業会社が、それぞれに配置された経営者の下で自律的な経営を展開していくことが望まれる。

 

では、HDCのトップはどのようなスタンスを取るべきだろうか。それは今の時代の流れからも「サーバントリーダーシップ」が望ましい。

 

サーバントリーダーシップとは、一般に「部下の能力を肯定し、互いの利益になる信頼関係を築くリーダーシップのスタイル」といわれる。一方的に命令することで動かすスタイルではなく、組織としてのビジョンを示し、部下を信頼することで組織全体の成長を促すのである。


ホールディングス体制においても、HDC のトップはグループとしての中長期ビジョンを示し、それを受けた事業会社の社長がそれぞれの事業を伸ばす成長戦略を立案して実行する、そんな関係性が望ましいだろう。


ヨシムラ・フード・ホールディングス代表取締役CEOの吉村元久氏は「自らは事業プロデューサーの役割に徹している」と語る。映画に例えるなら、現場の監督や役者は社員に任せ、自らはプロデューサーとして支えるスタンスを取るのだ。同社の姿勢は、今後のホールディング経営におけるオーナーシップの発揮の仕方を示唆している。

 

 

ホールディング経営研究会
https://www.tanabeconsulting.co.jp/t/lab/100management.html

 

 

 

 

 

 

Profile
中須 悟 Satoru Nakasu
タナベ経営 経営コンサルティング本部 副本部長 ホールディング経営研究会 リーダー。「経営者をリードする」ことをモットーに、経営環境が構造転換する中、中堅・中小企業の収益構造や組織体制を全社最適の見地から戦略的に改革するコンサルティングに実績がある。CFPR認定者。著書『ホールディング経営はなぜ事業承継の最強メソッドなのか』(ダイヤモンド社)。
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