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メソッド2021.01.29

縮小経済下で求められる拡張型事業成長モデル:宮原 昂暉

 

 

 

 

拡張型事業成長モデルとは

 

2019年度後半以降、消費税率の引き上げと新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、2020年4~6月の実質GDP成長率は前期比8.3%減、年率換算で29.2%減と、リーマン・ショックを超える大幅なマイナス成長となった。同7~9月(2次速報値)は前期比5.3%増、年率換算で22.9%増となったが、コロナ禍前の水準には遠い。国立社会保障・人口問題研究所の「日本の将来推計人口」(2017年推計)によると、2030年までの10年間で国内総人口は1億2500万人から1億1900万人へ減少が見込まれる。短期・中長期いずれの視点においても、日本経済は縮小傾向にあると言える。

 

縮小経済下において企業が成長するためには、既存のビジネスモデルを変えていく必要がある。ビジネスモデルの転換というと一般的に新規事業を想起しやすいが、国内の多くの市場はすでに飽和状態にあり、シニアマーケットなどの数少ない成長市場は競争が激化しつつある。ゼロから新たな事業分野へ参入し、その事業単独で十分な収益性・成長性を実現することは難しいのが現状だ。そこで検討したいのが、拡張型事業成長モデルである。

 

拡張型事業成長モデルとは、新分野への多角化を図って新たな収益の柱を構築する足し算型の発想ではなく、既存事業とのシナジー(相乗効果)を前提に新たな製品・サービスを展開する掛け算型の発想で行う新規事業開発モデルである。このモデルのメリットは、異なる製品・サービスを掛け合わせることで、他社がまだ提供していない新たな顧客価値を生み出せる点にある。次項ではその代表的な事例を紹介したい。

 

 

新サービスの提供価値が本業を後押しする

 

A社は歯科クリニック向けに電子カルテやレセプトコンピューティングシステム※1を提供するソフトウエアメーカーである。同市場はすでに飽和状態であるため、A社は自社の電子カルテシステムから得られる臨床データをもとに、消費者が口腔内の健康状態をセルフチェックできるアプリの開発に着手している。このアプリにより、未病段階の潜在的患者層の来院頻度が増え、市場活性化効果が期待できる。さらに、エンドユーザーの囲い込みによって、直接の顧客であるクリニックへの送客効果も期待できる。

 

これは新サービスの提供価値が本業を後押しするモデル事例だ。電子カルテの情報は自社固有の強みであることに加え、アプリ単体では大きな収益が見込めないため、後発参入事業者の障壁も高い。

 

もう1つ事例を紹介させていただきたい。

 

B社は通所型介護施設をフランチャイズ(以降、FC)展開している。B社のFC加盟オーナーの内訳で多いのが葬祭事業者である。

 

葬祭業の件数は高齢化を背景に増加傾向にある一方、核家族化や近所付き合いの希薄化、葬儀の簡素化などのあおりを受けて単価が下がっており、市場規模全体としては横ばい傾向だ。さらに、コロナ禍により参列者の減少が続いている。

 

また、多くの葬儀業者が互助会組織を有して会員を抱えているが、その会員の多くが亡くなる瞬間まで収入を生まないのが実態である。葬祭事業者は、B社のFCに加盟して介護施設を開業することで、会員のLTV※2向上と新規会員獲得のチャネル拡大を狙っているのだ。

 

B社の施設における利用者1名当たりの収入額は年間120万円。鎌倉新書の「第4回お葬式に関わる全国調査」(2020年4月)によると、平均葬儀単価は約120万円であったことから、仮に亡くなるまでの5年間、介護サービスを利用した場合、顧客1名当たりのLTVは葬儀業で約120万円、介護サービスの金額を合わせると720万円になる。介護サービスの新規利用者の多くは外部のケアマネジャーから紹介を受けるため、本業の新たな会員獲得機会となっている。本業と新規事業の2事業で顧客基盤を共有することで、全社的なLTV向上を実現した好事例である。

 

 

※1…健康保険組合などの支払い機関に医療施設が診療報酬を請求するための「レセプト(診療報酬明細書)」を作成するシステム
※2…顧客生涯価値(Life Time Value)。顧客が企業の製品・サービスに生涯で合計どのくらいの金額を使うかという指標

 

 

 

 

 

拡張型事業成長モデル構築の着眼点

 

前述した2つの事例は、既存事業と新規事業の掛け合わせで双方の事業価値を高めている点で共通する。縮小経済下において、既存事業の縮小分を新規事業で補うという視点も重要だが、各事業を切り分けて捉える足し算型の新規事業立ち上げの場合、先発企業との差別化が難しく価格競争に陥るケースが多い。

 

対して既存事業と新規事業の掛け合わせを前提とした拡張型成長モデルでは、新規事業に既存事業の強みを掛け合わせ、後発参入時の弱み(資金不足、ノウハウ不足、顧客基盤不足、パートナー不足など)を補いやすくする。拡張型事業成長モデル構築には次の着眼点が求められる。

 

(1)既存事業の強みを生かせるか

 

拡張型事業成長モデルは本業と新規事業のシナジーを前提とするため、未開拓の異分野でゼロから事業を立ち上げるのではなく、今ある経営資源、とりわけ他社との差別化を生みやすいヒト・モノ・情報(ノウハウ含む)を生かせるフィールドを選定する必要がある。

 

(2)本業の価値向上につながるか

 

新規事業を検討する上で、前項の「今ある経営資源を生かす」という視点は議題に上がりやすいが、「新規事業が本業を押し上げるか」という視点は欠落する場合が多い。新規事業はあくまで、本業に追加する形で立ち上げるものとして見られていることが要因である。拡張型事業成長モデルを考える上では、本業×新規事業(どちらか一方の成長がもう一方の事業成長につながる)というシナジーを意識していただきたい。

 

(3)競合優位が保てるか

 

優れたビジネスモデルであっても、他社に容易に模倣されてしまえばすぐに価格競争に陥る。本業の保有資源の中でも自社固有の強みにフォーカスし、他社では模倣できないモデルを構築することが重要だ。

 

また別の視点として、事例で挙げた歯科向けシステム×プラットフォームのように、「その事業単体では大きな利益を生まないが、本業と掛け合わせることで収益が拡大できる」といったモデルも、他社の参入障壁の難しさにつながるため併せて検討したい。

 

(4)市場のポテンシャル

 

新規事業を検討する際、自社が獲得可能な最大のシェアを占めた場合において、前述の3つの視点と、その事業による収益が自社の目指す収益目標に到達するか否かを事前にシミュレートすることが必要だ。併せて、その市場に成長性があるかどうかも吟味すべきである。

 

縮小経済下における自社の持続的成長に向け、ぜひ拡張型事業成長モデルを検討いただきたい。

 

 

 

Profile
宮原 昂暉Koki Miyahara
タナベ経営(現タナベコンサルティング)入社後、クライアントの人材育成セミナーの企画・集客・運営業務に従事。部門責任者としてマネジメントや業務改善を経験。自身の経験に基づく現場視点のコンサルティングを信条とする。現在は中堅・中小企業のビジョン・事業戦略・営業戦略の構築、推進を通じて企業成長を支援している。
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