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メソッド2018.10.31

「既存顧客重視の経営」で企業体力を高める:石川 一平

既存顧客重視か新規顧客重視か

マーケティングでよく使われる経験則として、「パレートの法則」(20対80の法則)がある。全体の8割を2割の要素が占めているというものだ。代表例が、「売り上げの8割は2割の優良顧客(既存顧客)が生み出す」である。

私は、業績が計画通りに伸びない、また安定しない企業の場合、既存顧客への営業活動や満足度向上施策を重視すべきだと考えている。既存顧客へのアプローチは、すぐ結果につながるとは限らないが、中長期的な視点で捉えれば企業の成長・安定を支える取り組みとなる。

ところが、経営者・幹部の方々に既存顧客の重要性を話すと、「すでに商品を購入いただいた方から、大きな売り上げは見込めないのではないか」「広告宣伝費は新規開拓にかけたい。既存顧客に予算を使うのがもったいない」などという反応をいただくことが多い。数が少ない既存顧客より、多い新規顧客に労力を費やしたい気持ちは分かる。しかし、実際に自社の業績を支えているのは誰なのか。

大同生命保険が全国の企業経営者に行った調査(2018年5月)を見ると、販路開拓の重点方針として「新規顧客の開拓」を挙げる企業が38%を占める(【図表1】)。一方、約8割の企業は「過去1年の売り上げに占める新規顧客の割合」が10%未満だった(【図表2】)。企業の約4割は新規顧客を重視しているが、売り上げの大半は既存顧客で稼いでいるのである。

私が本稿で述べる「既存顧客重視の経営」とは、分かりやすく言うと「既存顧客に向いた営業戦略を構築してアプローチを増やし、既存顧客に自社をさらに好きになってもらう」ということである。

 

 

既存顧客の重視は、新規開拓につながる

既存顧客を重視するメリットとして、大きく2つが挙げられる。

第一は、「ライフタイムバリュー」(顧客生涯価値:1人の顧客から企業が生涯にわたって得る価値・売り上げ・利益)の向上である。既存顧客を大切にする企業姿勢が、既存顧客に受け入れられ、購入頻度が上がり、結果として1人の顧客からの売り上げ・利益が増加するのである。ただし、「顧客を大切にする」という企業としての姿勢は重要であるが、同時にライフタイムバリューを高める仕組みづくりにも取り組んでほしい。

ある企業は当初、アクティブシニア(定年退職後も趣味や社会活動に意欲的な高齢者層)向けの旅行代理店業を営んでいたが、顧客の多くが「介護が必要な状態になった」と身体的な衰えを理由に、旅行から引退するケースが多かった。

そこで同社は介護事業も開始し、旅行を引退した方々にアプローチを展開した。続いて、葬祭事業にも進出した。さらには40~50歳代向けスポーツジムの運営も手掛けた。元気なシニアを増やすことで、年齢を重ねても旅行に参加し続けてもらう流れをつくった。結果、同社では顧客と接する期間が、60~70歳代の10年間から、今では40~80歳代(スポーツジム~葬祭サービス)の40年間へと4倍に延びたという。

第二に、既存顧客への取り組みが新規開拓につながることだ。例えば、私がコンサルティングを行ったある企業は、既存顧客用の無料会員制サービスを運用している。会員は、地域の協力店で飲食などの割引サービスが受けられる。その企業は、地域の協力店からも仕事の引き合い(新規開拓)を得られるようになった。

【図表1】 販路開拓で重視していること

201811_review2_01

出典 : 大同生命保険「中小企業調査『大同生命サーベイ』月次レポート」(2018年5月度)

【図表2】 過去1年間の売り上げに占める新規顧客の割合

201811_review2_02

出典 : 大同生命保険「中小企業調査『大同生命サーベイ』月次レポート」(2018年5月度)

 

 

 

既存顧客→新規顧客の開拓にはSNSが有効

新規顧客の開拓に対し、以前はインターネット上で広告を出すなどの施策が多く取られてきた。それが成果に結び付いていたのだが、情報量過多の現在、こうしたアプローチは多くの情報の中に埋もれてしまい顧客の目に届かない、または届いたとしても情報量が多すぎて受け取る側が消化しきれない、ということが往々にして発生する。

また、集客のため「決算セール」や「数量限定10%OFF」などさまざまなキャンペーンを実施しなければ、新規顧客に注目してもらうことが難しい。ただ、こうしたキャンペーンの効果は一過性で、すぐに興味を持たれなくなってしまう。よって随時、新しい企画を打ち出す必要があるが、ネタが不足し、どうしても似たキャンペーンが続きがちになる。すると市場の関心は薄れ、企画側も疲弊していく。結局、継続的な成果に結び付かないことも多い。

私は前職時代、リフォーム商品のサイトを立ち上げ、Web広告を展開し新規顧客の集客を行っていた。実際、最初はそれで集まっていた。しかし日を追うごとに集客が難しくなり、広告費用だけが増えていった。また集客しても、新規顧客の多くは相見積もりを取って最も安価な会社と契約するケースが目立ち、契約金額・利益ともに目標を下回る水準で推移した。半面、一度契約をもらった既存顧客の追加注文や、紹介顧客の契約金額や利益率は高かった。

こうした情報過多時代に効力を発揮するのが、既存顧客の口コミによる宣伝・集客だ。人は、自分が信用する身内や友人・同僚に勧められた会社や商品は、ネットやテレビ、チラシの広告よりも信用する傾向がある。例えば、テレビCMで見掛けた飲料よりも、仲の良い友人がおいしいと言った飲料の方に興味を抱き、購入することが多い。

TwitterやInstagramなどの、SNSによる情報拡散も有効だ。SNSでつながっている人は、たいてい価値観が似ている人である。そのため、そうした人たちが勧める商品には興味が湧きやすい。例えば、1人の顧客が20人の知り合いに商品を紹介すると、その20人がまた20人へ、さらにそれぞれ20人に紹介したとして、その時点で8000人が商品を知ることになる。しかも価値観が似ている8000人だ。これは、新規開拓のためむやみに広告を出すことよりも効果的である。

既存顧客重視という方針を、顧客と接するアフターサービスなど一部の部門にだけ指示する企業が散見されるが、「特定の部門がすべきこと」という考えは捨てていただきたい。経営者・幹部の方々は、全社に向けて既存顧客を重視する方針を発信し、社員全員が自分事として取り組めるよう、その土台づくりに専念してほしい。

 

 

Profile
石川 一平Ippei Ishikawa
大手リフォーム会社の営業職、経営企画職を経てタナベ経営に入社。さまざまな事例をベースに、クライアント独自のビジネスモデル創りを推進。現場主義でのコンサルティングを信条とし、チャレンジ精神に基づく攻めのコンサルティングで、多くの企業のビジョン実現を支援している。
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