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メソッド2018.06.27

クレド(経営理念)経営による“仕事のやる気スイッチ”の押し方:経営コンサルティング本部

 

働く目的の変化

人手不足の影響で経営破綻に追い込まれる「人手不足倒産」。景気回復により仕事が増えているにもかかわらず、働き手が足りないことから事業を断念する企業が増えている。帝国データバンクの調査によると、その件数は年を追うごとに増加の一途をたどっている。(【図表】)

【図表】人不足倒産件数

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出典:帝国データバンクの調査よりタナベ経営作成


企業の成長は“人”が重要な鍵を握るが、新たに人を採用しようにも状況は厳しい。リクルートワークス研究所によると、2019年3月卒業予定の大学生・大学院生対象の大卒求人倍率は1.88倍と7年連続で増加。従業員規模300人未満に限ると、その率は9.91倍まで跳ね上がる。業種別の求人倍率を見ると、流通業は12.57倍、建設業は9.55倍である。


さらに頭の痛くなるデータがある。日本生産性本部の「職業のあり方研究会」と日本経済青年協議会は2017年6月、新入社員1882人を対象とした「働くことの意識」調査の結果を発表した。


「働く目的」を尋ねたところ、「楽しい生活をしたい」(42.6%)が最も多く、過去にトップになったこともある「自分の能力をためす」は過去最低の10.9%となった。2016年から低下し始めた「社会に役立つ」も9.2%と低水準にとどまった。


また、「人並み以上に働きたいか」に対しては「人並みで十分」が57.6%と、過去最高だった2016年度の58.3%に次ぐ高い水準を維持。「若いうちは進んで苦労すべきか」については「好んで苦労することはない」が過去最高の29.3%となり、若手世代の「働く意識」が徐々に変化してきている。人生における「仕事」の優先順位が以前に比べ、相対的に低くなってきていることがうかがえる。


人は重要な経営資源である。採用環境は厳しい。働く意識も変化している。この前提に立った上で、企業を経営していかなければならない。どうすれば貴重な人材が「働くこと」に対して「モチベーションを高く」する環境をつくることができるだろうか。

 

 

 

働くモチベーションはどこから喚起されるか

1990年代中盤、マイクロソフトは『Encarta(エンカルタ)』という電子百科事典を販売した。エンカルタはお金をかけてプロの担当者が記事を執筆・編集し、専門マネジャーが予算や締め切りの管理を行って完成させた。

数年後、エンカルタとはまったく違う作り方の新たな百科事典が誕生した。その百科事典の作成には1円もかからなかった。作成に携わった人たちは、「ただそれをやりたいから、楽しいからやった」だけで、進んで作成に無償で協力した。その百科事典の名はWikipedia(ウィキペディア)である。


マイクロソフトは2009年3月、エンカルタに関連する全ての商品の打ち切りを発表した。一方のウィキペディアは、いまや全世界302言語で展開され、3800万超の項目が記載されている百科事典となっている。


これまで「働くこと」に対するモチベーションは、「お金や地位・肩書などの社会的ステータス」という、外部から与えられるものによって喚起されると考えられていた。そのため、いわゆる「アメとムチ」による管理手法が大半であり、お金のためなら「やりたくないこともやらなければならない」という考えが主流であった。


しかしながら、前述の通り「経済的に豊かになる」ことを現在の若手世代はそこまで求めていない。外部からの刺激では、「働く」モチベーションを上げることは難しい。


「楽しいと感じることを仕事にした結果、お金や社会的に認められるという外的な報酬がついてくる」という内発的動機付けを軸とした発想への転換が必要である。指示されてお金のために仕事をする(外発的動機付け)のではなく、自分でやりたいと思うことを自ら進んで行うのである(内発的動機付け)。

 

 

仕事のやる気スイッチはどこにあるか

1982年、米国イリノイ州でジョンソン・エンド・ジョンソン(以降J&J社)が販売する解熱鎮痛剤「タイレノール」を服用した少女が、第三者により混入されたシアン化合物により死亡するという事件が発生した。その後も同様の事案が相次ぎ、死者数は7名に上った。

事件を受けて、当時J&J社の最高指導者であったジェームズ・バーク会長は、即座にこれに対処した。12万5000回もテレビコマーシャル(全米85%の世帯が2.5回見た計算になる露出回数)と新聞の一面広告により、全商品(3100万本)を回収。また商品パッケージも見直し、3重パッケージシールを開発して毒物の混入を防ぐ対策を施した。かかった費用は1億ドルともいわれている。


なぜ、緊急時のマニュアルがないにもかかわらず、このような迅速な対応ができたのであろうか。理由は、クレド(Credo:経営理念)にあった。J&J社には「消費者の命を守る」というクレドがあり、会長の行動はクレドに基づいたものだったのだ。


クレドは会長の行動により具現化され、社員の間で絶対的な判断基準として共有化された。以後、判断に迷ったときはクレドに立ち返るという社風が確立され、誰に言われるでもなく、社員は自分自身で判断を下し、行動できるようになったのである。


またリッツ・カールトンのクレドにはサービス哲学が書かれてあり、全世界の従業員がサービスの指針としている。クレドを実現させる仕組みが経営に内包されている。


1つは現場への権限委譲である。全ての従業員が、顧客のサービスに関して、1日につき20万円まで、上司の決裁なく、顧客をもてなすことができる。もう1つは、部署ごとに毎日実施される「ラインナップ」と呼ばれるミーティングである。クレドに書かれている行動指針について、従業員が自分の経験や考えを発表する。他者のストーリー(=経験)を聞くことで新たな学びや気付きを得られ、今後の自分の行動に生かせるだけでなく、自分の経験を全世界の仲間に紹介された従業員のモチベーションが上がることにつながる。


例えば、「ガールフレンドにプロポーズする」という顧客のために、部屋を100本のバラで飾る演出を行ったり、パスポートをホテルに置き忘れた顧客を追い掛けて、大阪から東京まで新幹線に乗って届けたりというストーリーだ。これらの行動はマニュアルにはないものだが、クレドに則員が自分で考え、自主的に行っている。お金や肩書欲しさに行っているのではなく、クレドの哲学に従っているのである。

 

 

クレド経営へのプロセス

クレドによる内発的動機付けを社内に浸透させるプロセスは、次の4ステップである。

(1)クレドを定める


(2)クレドのあるべき姿を会社のトップが社員に示す


(3)クレドを仕事上で実行するための権限を与え、考えさせて、実行させる


(4)クレドの実行例・具体例を社内で共有する


クレドの浸透にはおそらく時間がかかり、すぐに効果を発揮するのは難しいかもしれない。しかしながら、貴重な人材が、「働くこと」に対して高いモチベーションを持つ環境をつくるためには、クレドの浸透により社員の内発的動機付けを喚起させ、「仕事のやる気スイッチ」を押すことが重要である。

 

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