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【メソッド】

経営者に贈るアドラー心理学の知恵:岩井俊憲

18万人以上にアドラー心理学の研修・講演を行ってきた岩井氏が、リーダーシップ、コーチング、コミュニケーションの観点から経営に必要なマインドとスキルについて解説します。
メソッド2020.05.29

Vol.8 組織と個人に働き掛ける勇気づけ1

【図表1】「褒める」と「勇気づける」の違い

 

 

技能オリンピックで前年の1.5倍のメダル獲得という結果を導いた「勇気づけ」とは?「勇気くじき」との比較で分かりやすくお伝えします。

 

 

そもそも「勇気づけ」とは

 

前回(2020年5月号)は、2014年に私がメンタルコーチを務めた、大手A社の技能オリンピック参加プロジェクトのケースを取り上げ、指導に当たる人たちが勇気をくじく言葉を発しがちなことに触れました。ところが、その反対の「勇気づけの言葉」を使っていると、その人たちの価値が高く見直され、自己肯定感が高まり、その波及効果として互いの信頼関係が生まれるだけでなく集団の活力も向上するのです。

 

そもそも「勇気づけ」とは何なのでしょうか?私は自著『勇気づけの心理学』(金子書房から2002年に発刊、現在は『勇気づけの心理学 増補・改訂版』)で、アドラーの言葉などを詳しく吟味しながら「勇気」を「困難を克服する活力」とし、「勇気づけ」を「困難を克服する活力を与えること」と定義しました。

 

こう書くと、「褒めていれば、勇気づけなど必要ないのでは?」という質問をいただくことになりそうです。しかし、私に言わせれば「褒めること」と「勇気づけること」とはまるで違います。確かに相手のプラス面を見てうれしい気持ちにさせるという点では、少しばかり共通点があるように見受けられますが、「褒める」になくて「勇気づける」にあるのは、今までに述べてきた「尊敬(リスペクト)」「信頼」「共感」「協力」です。

 

「褒める」の中には、極端に言うと「ブタもおだてりゃ木に登る」のように、相手を喜ばせて自分の思惑通りに操作しようとする態度が潜んでいます。それに対して「勇気づける」は、いったんは厳しい態度で臨んだとしても、長期的には相手に活力を与えるものです。そもそも勇気づけは技法である前に、相手との間に信頼の架け橋を築く態度なのです。

 

「褒める」と「勇気づける」の違いを対比してみると、【図表1】のようにまとめることができます。

 

 

【図表2】「勇気をくじく言葉」と「勇気づけの言葉」の例

 

 

「勇気くじき」にご注意

 

「勇気づける」が「褒める」と違うことは前述した通りですが、もう一つ「勇気づけ」の対になる言葉があります。「困難を克服する活力を奪うこと」とも言える「勇気くじき」。A社のケースで言えば【図表2】の左側のような言葉です。

 

勇気をくじく言葉の共通点は、相手の価値や自己肯定感を低め、互いの不信感を醸成するだけになってしまうことです。それ以外にも前回お伝えした「グ・タ・イ・テ・キ」(具体的、達成可能、意欲的、定量的、期限付き)とは縁遠いメッセージです。

 

「勇気くじき」の代表格は「ダメ出し」と言えます。ここで『大辞林』(三省堂)で「駄目出し」を引いてみましょう。すると、次のように出てきます。「《もと演劇用語。「駄目を出す」の名詞化》欠点・弱点などを指摘すること。また、仕事などのやり直しを命じること」。

 

私たちの子ども時代から現在までを振り返ると、欠点・弱点などを指摘するダメ出しは、私たちの周囲に満ちあふれていることに気付きます。特徴は比較と差の指摘です。

 

比較のその1は、他者との比較です。「お兄ちゃん/お姉ちゃんと比べて」「ライバルと比べて」「友達と比べて」など、対象になる人の長所と当人の短所を比較するのが常なので、かなうはずもありません。A社には、輝かしい実績のある指導員や一流選手と比較され、最初から諦めている選手がたくさんいました。

 

比較のその2は、理想や目標との比較です。最初から「あるべき姿」をライバル視すると、ハードルが高すぎて、自分を相対的に劣った地位に落としてしまう減点主義発想に至ります。目標と現状との間に架け橋を設けることは必要ですが、あまりにも直近の目標が高すぎると、最初から委縮してしまい、自分自身をダメだと見なす人が多くなってしまいます。

 

日本では特に、家庭も学校も、そして企業も、ダメ出し環境そのものです。本来は、ある行為だけがダメだったのに、それについて何度も何度も言われ続けているうちに、いつしか自分の人間性までもがダメだと烙印を押されたように感じ、「ダメ人間意識」が高まります。

 

この意識を裏付ける国立青少年教育振興機構の調査があります。この調査で、「自分はダメな人間だと思うことがあるか」との質問に「とてもそう思う」「まあそう思う」と回答した生徒の割合は、日本は72.5%でした。この数字は、中国(56.4%)、米国(45.1%)、韓国(35.2%)を大きく上回っており、自己評価の低さが浮かび上がっています。

 

大まかに言うと、日本の高校生は4人のうち3人ほどが「自分はダメな人間だと思うことがある」と答えたことになるわけで、日本の家庭教育や学校教育でいかにダメ出しが横行しているかを表すものです。だからこそ、社会人になった若者に対しては、「勇気くじき」に代わる「勇気づけ」が求められるのです。

 

 

※国立青少年教育振興機構『高校生の生活と意識に関する調査報告書 日本・米国・中国・韓国の比較』2014年9~11月実施、対象:日米中韓の高校1~3年生、計7761人

 

 

 

「アドラー心理学」とは201912_adler_02
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


Profile
岩井 俊憲Toshinori Iwai
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年㈲ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)ほか50冊超。
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