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【メソッド】

経営者に贈るアドラー心理学の知恵:岩井俊憲

18万人以上にアドラー心理学の研修・講演を行ってきた岩井氏が、リーダーシップ、コーチング、コミュニケーションの観点から経営に必要なマインドとスキルについて解説します。
メソッド2019.12.16

Vol.2 経営における マインドとスキル2

前回(2019年11月号)、私のミッションは、スキル偏重に傾きがちな組織風土にアドラー心理学の立場から警告し、人間性(マインド)と生産性(スキル)のバランスが取れるよう啓蒙することだとお伝えしました。「マインドなきスキルは危険であり、スキルなきマインドは野蛮である」。これは、私がカウンセリングや研修をする際に指針としている言葉です。では、今回の本題に入ります。

【図表】共同体(ゲマインシャフト)と機能体(ゲゼルシャフト)

出典:『組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか』(堺屋太一著、PHP 研究所)

出典:『組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか』(堺屋太一著、PHP 研究所)

そもそも企業は「共同体」か「機能体」か

企業を考えるために、「そもそも企業とは何なのか?」という問いからスタートしてみましょう。

 『広辞苑』(岩波書店)を引くと、企業について「生産・営利の目的で、生産要素を総合し、継続的に事業を経営すること。また、その経営の主体」とあります。「営利の目的」や「継続的に事業を経営すること」を企業の特徴としています。

時代をさかのぼると、ドイツの社会学者であるフェルディナント・テンニース(1855~1936年) は、『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』(1887年、和訳は岩波文庫が1957年に杉之原寿一訳で発行)の中で、「共同体(ゲマインシャフト)」と対比して、企業を「機能体(ゲゼルシャフト)」と位置付けました。

共同体は「実在的有機的な生命体」で、自然な「本質意志」に基づき、結合を本質とする基礎的集団。典型的は家族や地域などの「すべての信頼に満ちた親密で水入らずな共同生活」として特徴付けられます。ただし、「水入らず」という表現に、やや排他的な色があることには要注意です。

それに対して機能体は「観念的機械的な形成物」で、人為的な「選択意志」に基づき、分離を本質とする機能的集団。典型は「営利会社」、つまり企業であると書かれています

この共同体(ゲマインシャフト)と機能体(ゲゼルシャフト)を対比して、とても分かりやすくまとめた書籍があります。評論家・小説家で、通商産業省(現経済産業省)官僚、経済企画庁(現内閣府)長官などを歴任した堺屋太一氏による『組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか』(PHP研究所)です。

その中では、共同体の目的は「構成員の居心地の良さ」であり、尺度は「固さ(結束感・仲間意識)」、理想は「公平感・安心感」です。私なりにまとめると「人間性重視」となります。

それに対して、企業を代表的な組織とする機能体の目的は「外部目的の達成」であり、尺度は「強さ(目的達成力)」、理想は「最小費用で最大効果をもたらす」ことなのです。私の解釈では、「生産性重視」になります。(【図表】)

 ただ、企業が機能体だとしても、その構成員は人間です。人間性を無視して、最小費用で最大効果をもたらす理想を追求するだけでは成り立ちません。

顧客満足とともに従業員満足を考慮しながら、まるで家族のように従業員を扱う職場環境(構成員の居心地の良さ)を目的とし、結束感・仲間意識(固さ)を尺度にして、公平感・安心感があるという理想も併せて追求していかなければなりません。これらは、人間性重視の観点です。

 

人間性重視の日本的経営
VS
グローバリズムの成果主義

かつて「日本的経営」が“昭和の高度経済成長期を支えた仕組み”として、もてはやされた時期がありました。人間性を優先し、その結果として会社の業績が向上するという考え方です。米国の経営学者、ジェイムズ・C・アベグレンが著書『日本の経営』(1958年、新訳版は日本経済新聞社)で唱えた三つの特徴、「企業別組合」「終身雇用」「年功制」は、“日本的経営の三種の神器”と礼賛されました。社員が職場に居心地の良さを感じており、結束感・仲間意識が満たされ、公平感もあるという組織風土が、多くの日本企業にあったのです。 

ところが、1991年2月のバブル崩壊後、“仲良しグループ”的な日本的経営は否定されました。そして行き着いた先は、1995年ごろから各方面で取り入れられた「成果主義」でした。

職場では個人主義的な色彩が強まり、協力者が、仲間が、ライバルになりました。助け合うべき職場が競争的な雰囲気に変わったのです。人間性が軽視され、それに代わって極端な“生産性イズム”が善しとされました。この背景には、新自由主義の経済思想をベースにしたグローバリズムが存在していました。

やがて、成果主義は職場環境の悪化をもたらしました。成果主義に基づいて設計した人事制度が導入された結果、組織内の競争が激化し、職場の人間関係がぎくしゃくするケースが増えたのです。これが、従業員にメンタルヘルス上の問題を多くもたらしていることは、ここで取り上げなくても皆さん、よくご存じでしょう。

今回は、人間性(マインド)と生産性(スキル)という二つの軸のどちらが重視されてきていたかを振り返り、次回(2020年1月号)につなぐ襷の回とさせていただきました。次回は、生産性(スキル)を補完する意味合いでの人間性(マインド)を強化する方策を、アドラー心理学の立場から分かりやすくお伝えしていきます。

「アドラー心理学」とは
ウィーン郊外に生まれ、オーストリアで著名になり、晩年には米国を中心に活躍したアルフレッド・アドラー(Alfred Adler、1870-1937)が築き上げた心理学のこと。従来のフロイトに代表される心理学は、人間の行動の原因を探り、人間を要素に分けて考え、環境の影響を免れることができない存在と見なす。このような心理学は、デカルトやニュートン以来の科学思想をそのまま心理学に当てはめる考えに基づく。一方、アドラーは伝統的な科学思想を離れ、人間にこそふさわしい理論構築をした最初の心理学者である。
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Profile
岩井 俊憲Toshinori Iwai
1947年栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、外資系企業に13年間勤務。1985年㈲ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学カウンセリング指導者。中小企業診断士。著書は『「勇気づけ」でやる気を引き出す!アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)ほか50冊超。
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